第4話 単純明快な理由
「機関車に入ったとき、何か気がついたことはないか?」
「特には。この列車に乗るのは2回目なので、よくわかりません」
「なぜあのタイミングでデッキに行った?」
「トイレに行きたくなったのと、景色が見えないうちに電話しようと思って」
王都を出発し、1時間程度で聖域に入ります。
その間は窓からの景色はお預けなのです。
「僕でもそうするだろうね。景色は見逃したくない」
「では次だ。王都を出発した後、機関車に行った人物に心当たりはあるかい?」
「私の他に2,3人行っていたような気がしますが、正確には覚えていません。席が大きくて前が見えないのです」
ルルウィン号は他国まで通じている特急列車とあって、装飾は格式高く走る宮殿という名にふさわしい仕上がりです。
黒を基調としたシックなデザインで、椅子は大型の獣人も座れるように大きめで、小柄な私ならふたり座れそうなほど。
立ち上がったとしてもジャンプしなければ前の方は見えないのです。
「君は13時18分にデッキからアソセスタの母に10分ほど電話をかけた」
「はい」
「本当に、電話していたのか?」
「本当です」
「どんな話をした?」
「試験に不合格だったことを伝えて、今後のことを少し」
「10分も話す内容だったのかな?」
「少し、感極まってしまったので内容は良く覚えていません」
「本当、は運転室にいたんじゃないのかな?」
核心に迫る言葉です。
「どうして? どうして運転士を私が殺さなきゃいけないの?」
「運転士が殺されたなんて一言も言ってないよ?」
「簡単にわかるでしょ? 私が電話してた時間が大事なのなら、殺人は機関車で起きた、でも運転室以外は普通に使えている。だったら事件が起きたのは運転室、そして、運転室には運転士しかいない」
「学園探偵だけはあるね」
「こんな推理誰にでもできるでしょう?」
「そうでもないさ」
「なぜ、私が容疑者なのですか?」
「できれば正直に話してくれると嬉しいし、君のためにもなるけどね」
つくしさんは諭すように言いました。
リンズさんは楽しそうです。
「ここで笑うかね、普通」
「あなたこそ」
「これは失礼」
「なぜ……私なんですか?」
「とても簡単な話だ。犯行が可能なのがあんたしかいない」
私は殺していないのに、犯行が可能なのが私しかいない?
そんなの、笑うしかないでしょう。
「どういうことでしょう?」
「犯行には10分以上の時間が必要だ。そして、犯行が可能な時刻に10分以上、機関車に入っていたのは君だけなのだ」
「とても明確ですね」
「だろう? 君が犯人だ」
「犯行は聖域を走行中に行われたと。聖域に入る前、列車はムルゥ狼より遅い速度まで減速した。その時までは運転士は生きていたと」
「そうだ」
「そのあと、機関車にいた車掌はカーテンがちゃんと閉まっていることを確認するために客車の巡回に出た。犯行が行われたのはその後ということですね」
「さすがだね、理解が早くて助かるよ」
「ならば、車掌さんも容疑者の一人なのでは?」
その疑問にはつくしさんが答えてくれました。
「車掌が機関車を出たのは12時33分、その後すぐに最後尾の車両にいた車掌と運転士は会話しているんだ」
12時33分までは生きていた。確かに、それぐらいの時間に車掌が2号車に入ってきたのを覚えています。一度も機関車に戻った気配はありませんでした。
「共犯という可能性もあるでしょう?」
「車掌ふたりの?」
「はい」
「その行為に何の意味があるんだ?」
「ないでしょうね。ですが、私には関係のないことです」
「可能かどうかなら、確かに可能だ。だが僕たちは推理ゲームをしている訳じゃあないんだよ。車掌ふたりがそんな計画を実行する理由がないならば、君の方が疑わしい」
「ならば、外部犯の可能性は?」
「機関車と外を繋ぐ扉はすべて鍵がかかっていた。もちろん魔断体が使われている」
魔断体は魔法を遮断する素材です。今では扉のほとんどがこの素材で作られています。これでは魔法で鍵をかけたり外したりはできません。
「私はどうやって、運転室に入ったのですか?」
「どうやってとは?」
「運転室にはテロ対策として鍵がかかっているはずです。容易に開けることはできないはずですよ?」
「運転室に鍵がかかってるなんてよく知ってたね」
「当然です。旅客鉄道法で規定されていますから。昨日試験でしたので法律について勉強しています」
「こんなのはどうだ? 聖域を走行中は窓をすべて閉めることが条約で定められている。破れば罰金や運行停止すら起こり得る。さて、君は運転室の扉の窓をたたき、運転士の気を引いた。そして、そのまま機関車の外につながるドアを開けようとした。慌てた運転士は鍵を開けて君を止めようとした」
「運転士さんがそんな罠にかかる訳ないでしょう!」
「どうだかね」
だめです。この人たち完全に私が犯人だと確信しています。
車内にはまだ真犯人がいるはずなのです。列車から降りる前に捕まえなければ永久に捕まえられないかもしれません。
なんとかしなければ。
情報が足りません。
この刑事さんからどうにかして引き出さなければ。
「なぜ私はこの運転士さんを殺したのでしょう?」
「そりゃあ、あんたが試験に落ちて自暴自棄にでもなったんだろう。良くある話だ。自殺は怖いから、人を殺して死刑になりたいと」
「私以外に何人か機関車に入っていますよね? 彼らの共犯と言うこともあるでしょう?」
「5分ずつ殺したと? それは不可能だ」
「なぜです?」
「見せてあげようじゃないか。学園探偵さん」
「ちょっと、容疑者ですよ?」
「いいよ。そうしないと、彼女は納得しないさ」
なんでしょう。
この違和感は。
遊ばれているような、試されているような。
私たちは車掌室を出て、運転室の前に。
頑丈そうな扉はやはり魔導体でできていそうです。
小窓が背の高さぐらいについています。
手袋をしている警官が扉を開けます。
「なかの物には手を触れないように」
「わかっています」
扉を開けた瞬間から、血の匂いがしていました。
部屋に入ると、更に強烈に鼻を刺激します。
「これは……」
運転席に入った私たちを迎えたのは壁一面の文字。
被害者の遺体より、運転室全体に書かれた赤い文字に目を奪われます。
そう、すべて血で書かれていたのです。
そして、運転席に座ったまま絶命している運転士。
人が殺されている様を見るのは初めてでした。
学園探偵とは言え、殺人事件なんてなかったので。
ナイフで刺されたのか体から大量の血が流れ出ています。
犯人はその血で壁一面に文字を書いたのです。
書かれているのは私が書かされたムルゥ族の聖典の一節。
「これを書くのに、10分かかっている?」
「そうだ。この血文字はグラムを出発した時点ではなかったものだ。つまり、グラムを出発してから、運転士を殺害し、血文字を書くことのできるほどの時間、機関車に入っていた人物でないと犯行は不可能だ」
「それが、私だけ?」
「ああ。単純明快だろう?」
「共犯の線は?」
「薄いだろうね。君を犯人に仕立て上げるためにふたりで5分ずつ血文字をかく? わざわざ筆跡をそろえてまで。君があの時間に機関車に行くかどうかの見当も付かないのに」
確かにこの血文字を書こうとすると10分以上はかかるでしょう。
単純明快ですね。
「それに、3人の内2人は空を飛ぶことができる。わざわざ運転士を殺して律儀に自分の席に戻る訳がないだろう?」
空を飛ぶには自分で魔法を使用するか、飛行用の魔導具を使えば飛ぶことができます。車内には飛行魔道具は持ち込めないので自力で飛べるのでしょう。
確かに、運転士を殺害することが目的なら空を飛んで逃げた方がよさそうです。
「その空を飛べる方々はなぜ列車を利用しているのですか?」
「連れが空を飛べないからか、長時間飛べないんだろう」
「なるほど……」
飛行魔法は魔力の消費が激しく、自分の体重を支えるので精一杯と言う人がほとんどだそうです。自分では何キロも走れるけれど、おんぶしては難しいと。
「動機は自暴自棄と言いましたが、自暴自棄になったのに、なぜこんな血文字を?」
「それはこっちが聞きたいね」
「推理に穴が多すぎます。こんなので公判が維持できるんですか?」
「さすがは受験生だ、難しい言葉を知っている。だがね、現時点では君以外に容疑者がいない訳だ」
『ご乗車の皆様にご連絡いたします。代わりの機関車の手配が終わりましたので、1時間ほどで次の停車駅に到着いたします』
「だそうだ。署までご同行願いますかね?」
「私以外の人たちはどうなるのですか?」
「解放されるだろうね」
ダメじゃん。開放されるみなさんの中に真犯人いるじゃん。
1時間以内に解決しろということですね。
了解であります。
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