第3話 人が人を殺す理由

 私が魔法が使えない身でありながら警察に志願した理由。


「そんなに聞きたいのならお話します。私は、魔法が使えません。記憶のある3歳の頃からずっと。私はずっと考えてしました。なぜ私だけが、魔法が使えないのか。考える時間はたくさんありましたから」


 魔法が使えいないということは、人間扱いされないことと同義です。私に近づくと魔法が使えなくなるなんてことを言う人もたくさんいました。だから私は、ずっと孤独でした。


「答えは出たのかい?」


 優しい声でした。

 同情してくれているのでしょうか?

 それとも、良心の呵責?


「いいえ。考えても考えても、答えは出ませんでした。私は答えを求めて、魔法学園に入りました」

「主席でね」


 やはり、知っていましたか。


「えっ? 何で知ってるんですか?」

「つくしくん。新聞ぐらいは読むように言ったはずだが?」


「読んでますよ」

「スポーツ欄だけだろう?」

「スポーツ欄だって新聞でしょう?」


「魔法学園でも答えは出ませんでした。本当はそのまま大学に行きたかったのですが、どこにも入れませんでした」


「ヴェイル・アンフィールド。名門のカプリン魔法学園に主席で入学し、主席で卒業した唯一の存在。しかも、魔法が使えいない身でありながら。新聞に載っていた」

「勝手に記事にされたんです。写真まで許可なく撮られて。あのせいで髪型を変えるはめになったんです」


 魔法学園では髪をおろしていたのですが、時の人になってしまったので今は髪型を変えています。写真が白黒だったのが不幸中の幸いです。


「ああ。そういうことか、だからわからなかったのか」

「リンズさんが会ったことがあるかも知れないって、そういうことだったんだ。古いナンパかと思ってましたよ」


「君は学園で様々な事件を解決したそうじゃないか」

「謎が放置されるのが許せなかったのです」


「謎?」

「ええ。謎です。謎を解いている間は、いつか私の謎も解けると思っています」


「なるほどね。つまり君は、まだ諦めていない?」

「ええ。いつかは魔法が使えるようになると信じています」


「本当に面白いね。君は」

「それは褒め言葉? それとも愛の告白?」


 リンズさんは一瞬動きが止まり、私に説明を求めます。


「『面白い』というのは、最高の褒め言葉でしょう?」


「だから愛の告白か! そうだね。そのとおりだ」


 そこまで言って、笑い出してしまいました。


「リンズさんがこんなに笑っているところ始めて見たよ。君、すごいね」

「えっと。普通ですよ?」


 場は和んだようですが、私の状況は全く変わっていなかったようです。

 彼はすぐに落ち着きを取り戻し、顔は真剣な表情に戻りました。


「残念だけど、容疑者を口説く趣味はないよ」

「容疑者……」


 最悪の状況のようですね。

 容疑者です。

 しかも、相手はかなりの強者。


「つまり君は、警察に入って学園探偵の続きをしようとしていた?」

「言い方にとげがありますが、そうです。警察なら、謎の宝庫でしょうから。不純な動機でしょうか?」


「いいや。とても面白い動機だ。まぁ、面接でそのまま言ったら不合格だろうがね。僕が面接官でない限りは」

「どちらにしろ、容疑者を採用したりはしないでしょう?」


「ああ。そのとおりだ、そろそろ。その話をしようか」


「私が容疑者とは、何の冗談なのでしょう?」

「冗談だといいんだけれどね。犯人はもうわかっているよ」


「順序が違いますよ?」


 つくしさんが割って入ります。


「今日グラムを出てからのことを教えてもらえますか?」


 リンズ刑事は私が犯人であると決めつけている?

 その証拠を、私から聞き出そうとしていると。

 ならば私も、聞き出さなければ。

 事件の概要を、真犯人への手がかりを。


「グラムを出て、1時間半ぐらいでしょうか、実家に電話するために機関車に行きました。話したのは10分ほどだと思います。その後トイレに行って席に戻りました。その後はずっと自分の席に座っていました」


 私が乗っていたのは2号車。その前に1号車の機関車があって、機関車のトイレとデッキには乗客も入れるようになっています。


「なるほど。正確な時間は覚えているかな?」

「いいえ」


 私が電話していた時間が重要と言うことは、やはり事件は機関車で起きたのでしょう。

 ですが、トイレは普通に使えているようですし、デッキも問題ありません。

 車掌室は今いるところですから、事件が起きたのは運転室ですね。

 

「出身もアソセスタかな?」

「はい」


「この列車についてどう思う?」

「どう……とは?」


 やけに変なことを聞かれます。事件と関係があるに違いありませんが、この列車の特別な点、ですか。


「聖域を走っていることについてとか」

「私はムルゥ族ではありませんので、特別な感情はありませんが」


 唐突に出てきました。事件に関わっていると言うことでしょう。

 この列車、ルルウィン号は特殊な地域を走っています。

 私が彼らをテロリストと疑った一因でもあります。


 王都グラムから北北東に100キロほどの場所にある険しい山々、ドリデル山脈。代々ムルゥ族が支配してきた領域で、プオフ王国が発足してからもドリデル山脈は彼らの自治区として独立しています。


 王都と第二の都市であり私の街であるアソセスタ、そして隣国を結ぶ陸路は幾つかありますが、どれも険しい山道だったり、猛獣が跋扈する平原だったりと長年プオフ王国の悩みのタネの一つでした。


 ムルゥ族の聖域ドリデル山脈は2つの都市を結ぶ最短距離に位置しています。しかし聖域であるために路線を引くことに対する反発が起こり、幾度となく争ってきた歴史がありました。


 それでも、地道な交渉により実現したのがこの路線なのです。交渉の結果、聖域を通る際は聖域で一番早い動物であるムルゥ狼より遅く走ること、聖域では窓をすべてブラインドで閉じることなどが取り決められたのです。


「そうか。じゃあ次だ、この文章をここに書いてみてくれ」

「『悲しき鳥を堕とす朝、たとえ敵であろうともその命、天と地に還りたまえ、安らかに』。開墾禄第二章一節? ムルゥ族の聖典の一節ですね」


「よく知ってるじゃないか」

「書けばいいんですか?」

「ああ」


 これも捜査?

 犯行声明文でもあったのでしょうか?


 つまり、テロ? 警察はムルゥ族のテロリストが運転士を殺害したと思っているのですか。あるいは、私が書き写した文章を政府に送りつけ、私の仕業に見せかける?


 それにしては、稚拙ですね。ムルゥ族の言語で書かれていないのです。


 運転中の運転士が殺されたとなると、王都グラムを出発した後で機関車に入った人物しか殺すことはできません。そして、私はその一人。なるほど、疑いたくもなりますね。


 私の他に詳しく聴取されていた数人は、おそらくは機関車に入った人なのでしょう。


「確認が取れました。あなたが電話をしていたのは午後13時18分から10分程度ですね」


「はい。そのくらいだと思います」

「いまのところ、他の証言と一致していますね」


「彼女は聡明な子だ。嘘なんてつかないよ。何のメリットもない」

「おっしゃるとおりです」


 運転士が運転中に……ですか。なぜそんなややこしいことを。

 殺されたと思われる時間は聖域を走っていた頃ですから、たしかにテロと考えたくなりますね。それ以外に、意味があるとは思えない。


「荷物を見せてもらってもいいかな?」

「はい。ご自由に」


「怖くないの?」


 つくしさんが荷物を調べている間に、リンズさんが前に座りました。


「もちろん、怖いですよ。今にも泣き出してしまいそう」

「楽しくって仕方ないって顔に見えるけど?」


「それは、あなたの方でしょう?」

「魔法が使えないのは、生まれつきなのかい?」


「いえ。生まれたばかりの頃、私の髪は母と同じ桃色だったそうです。2歳の頃、突然銀に

なったと聞いています」

「なるほど。だからこそ、君は取り戻せると思っている?」


「だからって人を殺したりしませんよ?」

「それはどうかな?」

「えっ……」


 考えたこともありませんでした。

 人の死と引き換えに、魔法が使えるようになるのなら、私は人を殺してしまうのでしょうか?


「こういう仕事だからね。いろんな理由で人が殺される様を見てきたよ。意外そうな顔をしているね。考えたことがなかったのかな」

「はい……。私って、危険な存在なのでしょうか?」


「何もありませんでした。受験票は本物のようです。本部にも確認しましたが、たしかに受験しているそうです」


 つくしさんが戻ってきました。


「さて、お話の続きは君の無実が証明された後でしよう」


 続き?

 どんな続きがあるというのでしょう?

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