第2話 それは愛の告白ですか

 警察が警察であることを証明するもの。


「手帳じゃないんですか?」


「もちろん、普通ならそれでいいはずだ。だが、ここでは少し状況が違う。僕たちとテロリストを見分ける手段がないんだ。もし君が乗客だとして、どう見分ける?」

「えっと……」


 そう。見分けることなんてできない。完全に警察に偽装したテロリストと警察の見分けが付く人がいるとすれば、警察関係者ぐらいです。その結論にはつくしさんに至ったようで。


「無理?」

「そう。不可能だ。とても不思議な話だけれどね。もちろん、手帳だって制服だって、この銃だって偽造は重罪だ。だけど、偽造しようと思えば簡単にできてしまう」


「あれ……でも」

「そう。でも僕たちはちゃんと毎日職務を全うしている。なぜだろう? 例えばここが人通りの多い通りだったら?」


「同じ……じゃない。第3者呼ぶことができる?」

「その通り。まぁ、その第3者すら疑われてはどうしようもないんだけれどね」


 曖昧ですね。とても曖昧な世界に私たちは生きています。疑い出せば、何もかも信じられなくなってしまう。だからこそ、どこかで止めなければならない。考えることを、疑問に思うことを。


 それができないのが私。やれやれです。嫌いじゃないんですけどね。


「えっとつまり、どういうことですか?」


 つくしさんは少し、混乱している様子。


「つまりだ、この場において、僕たちが警察かどうかを完全に証明することは難しいんだ。だからこそ、これが重要になってくる。言ったろう? 対龍装備を持ってきたほうがいいんじゃないかって」


 これとは拳銃、すなわち圧倒的な武力のこと。


「そう、ここではあなた方が警察なのかテロリストなのかは関係がない。もちろん、警察を名乗ったほうが反発は少ないのですが。その銃こそがこの場を収める権利を持つに足る証ということなのですね」


 彼女はまだ、納得できていない様子。


「僕たちはこの場を収めにやってきた。そして、その権利の源は手帳ではなく銃であるということだ。まぁ、普通は手帳でいいんだけれどね。君のような、偏屈な人間さえいなければ」


 彼は私を品定めするように見ました。動物園で奇妙な生き物を眺めるように。


「申し訳ありません。疑問に思ったことは指摘しないと気が済まないのです」

「もし僕たちがテロリストなら、君はもう死んでいたかもしれないよ?」


「謎が解けないのなら、死んでいるのと同じです」

「へぇ。興味深い話だ。何が君を、そうさせるんだろうね」


「おもしろい話ではありませんよ?」

「それは僕が決めることだろう? ところで君、どこかで会ったことある?」


「いえ。会ったことがあるなら覚えているでしょう?」

「それも含めて、取調べさせてもらえるかな?」

「ええ」


 刑事さん、のはずですが、どうにもつかめない人でした。少し、興味が湧いていました。

 でもそれはとても危険な興味。


 それだけは、やってはいけないことだとわかっているでしょう?


 その場で話を聞かれると思っていたら、先頭車両に案内されました。


 何も悪いことなどしていないのに、周りの皆さんは怪訝な顔で私を見ています。

 そのような目は慣れていますのでいいのですが。


 刑事を名乗る彼らがテロリストなら、私の命はもう長くないのでしょうか?


 列車は10両編成で、客車は2号車から10号車。

 先頭の1号車は機関車で、乗客も使用可能なトイレとデッキ、乗務員しか入れない車掌室と運転室があります。


 運転室の前には制服を着た警官と大柄の男が立っていました。


「銀色の髪と聞いてピンときたぞ。お前が犯人に違いない」


 試験官の男でした。なぜこんな所に……。いえ。彼も警察官であるならば、いても不思議ではありません。どうやら本物の警察だったのですね。最悪な形で証明されました。


「私はやっていません。すぐに証明されます」


 私はにらみつけながら言ってやりました。

 でも刑事は意に介していないよう。


「すぐに証明されるだろう。お前が犯人だってな。どうせ不合格の腹いせにやったんだろう」


 私は車掌室へと案内されました。


 警察の動きを観察していると、先頭車両に乗っていた乗客に話を聞いていたようでした。

 

 最初は各座席で話を聞いていましたが、その中から数人を別室に案内しています。

 

 私はそのひとり。

 一体なぜ?

 

 どんだけ楽観的に考えても、最悪の状況しか思いつきません。まさかこんなところで、ドッキリなんてしないですよね。場の責任者風の刑事は私が犯人だと決めつけているようですし。


 車掌室は椅子2つと壁に据え付けられたテーブルだけの部屋。

 列車は完全に停止していたので、ここが列車の中とは思えないほどに静かでした。

  

 普段入ることのできない部屋です。少し得した気分。

 私は椅子に座らされ、向かいにつくしさんが座ります。


「リンズ・ガルード」

「つくし・桑名です」


 ふたりはそう名乗りました。

 リンズさんは高価そうなローブに身を包んだ少し紫がかった長髪の男性。

 30代でしょうか?


 つくしさんは20代と思われる栗毛の女性で、ライダーズジャケットにショートパンツ。


 独特な空間でした。何もしていないのに悪いことをしているような気にさせられます。嫌な感じです。要件を言われずに先生に呼び出されたときのような怖さ。


 早く早く、どうでもいい要件だと教えてもらいたい。


「まずはえっと……、何歳かな?」

「18です」


 基本的にはつくしさんが話してくれるようです。あの刑事のように高圧的ではありません。


「18歳か、それは失礼」


 私の見た目が幼かったので、対応を決めかねてのお言葉でしょう。

 背丈は人族15歳の平均ぐらい。顔も幼いのですから仕方がありません。

 今回の移動にしたって、何度子供の一人旅は危険だと止められたことか。


「車内で殺人事件が発生しました。捜査のご協力をお願いしたい」

「はい」


 つくしさんはメモ帳とペンを構えています。先程の会話は無視して、警察だという体で話しています。真面目そうな人でした。


 殺人事件の捜査です。私は潔白なので何を聞かれても大丈夫。

 逆に刑事さんからすれば、取り調べる人の中に犯人がいる可能性を考えているはずです。


 犯人は嘘をつくでしょう。刑事さんは、私が嘘をついている可能性を絶えず考えながら捜査をする。大変な仕事です。


 先程私はつくしさんからすれば意味不明ないいがかりをつけた相手。

 それでも優しく対応してくれようとしています。

 いい人なんですね。


「氏名、職業、居住地、そして列車に乗った目的を教えてもらえるかな」

「ヴェイル・アンフィールド。無職です。アソセスタに住んでいます。家に帰る途中です」


「ヴェイル・アンフィールド? どこかで聞いたことがあるような」

「良くある名前です」


 ごまかしましたが、リンズ刑事の方もう気がついている様子。

 明らかに反応が違います。


「グラムにはどのような目的で?」


 グラムとはプオフ王国の首都で、人口350万人を有する大都市です。


「警察庁の入庁試験を受けに……」

「へぇ。後輩候補ってか」


「いえ。試験は全滅したので後輩にはなりません」

「全滅? 今日の試験でもう結果が出たのか?」


 そう。

 普通は筆記試験の翌日、実技試験を受けたうえで、後日結果が発表されるのです。

 私だけが、当日に失格を告げられたのです。


「その場で失格? そんなの魔法でも使えない限り……。ああ、その髪」

「はい。魔法が使えません」


 私の2つにくくった髪を見て気がつきました。

 珍しい銀髪なのです。

 そして、銀髪は魔法が使えない場合が多いと言われている。


「そうか。そりゃあ……残念としか言いようがない。こればっかりはどうしようもない」

「はい……」


 凶悪犯と戦わなければならない警察官には魔法が使えることが必須なのです。


 筆記試験で顕著な成績を残せば、魔法が使えなくても採用されるかも知れないという淡い期待を持っていましたが、完全に打ち砕かれたのです。


「魔法が使えないのに、なぜ警察官になろうとしたんだい?」


 問いかけたのはリンズ刑事。


「答えなければいけませんか?」

「そうだね。僕の納得できる答えが欲しいところだ」


「捜査と関係があると?」

「もちろんだ」


 もちろんですか。

 殺人事件と私の志望動機の関係。

 こじつけでしょうか? そこまでして、私の志望動機が聞きたいの?


「そんな目で見ないでもらえるかな?」

「どんな目に見えますか?」


「本当は捜査に関係ないのに、夢破れたばかりのいたいけな少女に志望動機を話させて、傷に塩を塗ろうとしているサディストを蔑んでいる目」

「さすがは刑事さん。人を見る目がおありなんですね」


「お褒めに預かり光栄だよ。だが少し間違っている。捜査にはとっても関係がある」

「少し?」


 傷口の塩を塗ろうとしているのは否定しないのですね。

 自信満々に、関係があると言われては仕方ありません。

 人に言うような、言って理解してもらえるような話ではないんですが。

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