ヴェイルの理:魔導捜査十課一係

箱守みずき

Case 1 グラム発ルルウィン23号

第1話 警察が警察である証明

「不合格?」


 気の抜けた私の言葉が、重苦しい空気が漂う試験会場にこだまします。


「そうだ。ヴェイル・アンフィールド。不合格だ。とっとと荷物をまとめて家に帰れ。どこのどいつだ、こんな役立たずを神聖な試験会場に入れたのは!」


 大柄な試験官の顔には斜めに大きな傷が残っています。端的に怖い。それでもこんなところで不合格なんて納得できません。食い下がります。


「待って下さい。午後からは面接もあります」

「ここで不合格だ。面接はない」


「合否は学科と実技と面接を総合的に判断するとされています」

「俺が不合格と言ったら不合格だ」


 理詰めで説得できるような相手ではないようです。


「今すぐ帰れ、従わなければ、どうなるか分かっているな?」

「はい……」


 従わなければ、即逮捕です。刑法135条1項、公務執行妨害罪。ここは警察署。私が受けていたのは警察庁の入庁試験なのです。


「よくもまぁ魔法が使えないのに試験を受けようと思ったものだ。我々の仕事を舐めているのか? それとも底抜けに馬鹿なのか?」

「ありがとうございました……」


 反論すれば逮捕されていたかもしれません。悔しいです。面接すら受けさせて貰えないなんて。


 荷物を持って、警察庁から外に出ます。王都の通りは平日の昼間だと言うのに沢山の人で溢れていました。この人達のすべてが、魔法を使うことができるのです。私だけ、魔法を使うことができません。


 私は魔法が使えない理由が知りたいのです。だから、警察に志願しました。


 それからのことは良く覚えていません。気がつくと、家に向かう列車に乗っていました。


 まさか、その場で不合格とは。もちろん、不合格になる可能性はおおいにありました。それでもその場でなんてあんまりです。刑事になりたかった……。それだけが、私に唯一残された道だった。



 列車は順調に快適に私の街へ向かっているはずでした。こんな時だというのに、気になってしまいます。最初に覚えた違和感は、列車がいつまでも速度を上げないこと。次に、車掌さんが慌てて先頭車両へ走っていく姿。これはヤバイやつ?


 先日も他国で列車事故があったとニュースで見ました。テロリストだって列車は大好きです。列車強盗はさすがに時代遅れな気がします。大穴でドラゴンの襲撃なども。実物大の列車で遊ぶドラゴンがいたっておかしくない世の中です。


 いくつかの可能性が思い浮かびます。ですが情報が足りません。先頭車両に行けば、何が起きたのかわかるはず。



 ダメです私。これ以上、問題を起こせば本当に死んでしまいます。私は不死でもなければ、魔法すら使えない最弱の存在なのですから。そのくせ好奇心だけは人一倍あるのだから困ったものです。好奇心は不死すら殺すといいます。だったら、私が今日まで生きてこれたのは奇跡ですね。


 でも、扉を開けるぐらいなら? そうです。トイレに行くふりをしたりして。


 そんなことを考えていると、その謎はあっさりと解けました。列車は山の中腹で速度を上げるどころか急停車して、車内放送が流れます。


『車内で殺人事件が発生したため。現在、警察の指示に従い停車しています』


 殺人事件。どうやら危機的状況ではないようです。ですがこの時私は、まさか自分が容疑者になろうとは、夢にも思っていなかったのです。


 車内は騒然としていました。動かない列車にいらだつ者。殺人犯の存在に怯える者。非日常に心ときめく不謹慎な私など様々です。


 新しく生まれた謎についてせっせと思案を巡らせていました。殺人事件です。誰かが殺されて、誰かが殺したのです。それもおそらく、先頭の機関車で。

 

「警察です。これから皆さんに事情を伺います。ご協力お願いいたします」


 警察の登場で車内は静まりかえりました。


 どゆこと?


 放送では殺人事件が発生したと言いました。しかし犯人が捕まったとは言っていない。警察は私たちから事情を聞こうとしています。


 まさか、まだ犯人はこの中にいる?


 いや、そもそも警察と名乗るあの人は、本物の警察なのでしょうか?



 10分ほどした頃、警察を名乗る人が私の前に現れました。

 

「ねぇ君、お話を聞かせてもらってもいいかな?」


 優しい口調と共に、警察手帳を提示されました。でも、本物かどうかを判断するすべはありません。


 栗毛の女性で、ライダーズジャケットにショートパンツ。刑事さんなのでしょう。制服ではありませんでした。両手にはグローブ型の魔導具を装備しています。いささかラフな格好に思えますが、本物の刑事を見たことがないのでなんともいえない。


 手帳は丁寧な作りです。本物のように見えます。顔写真もちゃんとしています。名前はつくし・桑名、ヒノクニ出身の方でしょう。


 私はおそるおそる、聞いてみました。


「あなたは本当に、警察の方ですか?」

「はぁ? 手帳見ただろう?」


「ええ。ですが、私にはその手帳が本物かどうか判断できません」


 ああ。なんてことを……。


 私の悪い癖です。疑問に思ったことを解決せずにはいられない。


 相手が警察に化けたテロリストでも、本物の警察だとしても、怒らせてしまうことは明白なのに!


「なっ……」


 あれ? 怒るかと思いましたが、むしろ戸惑っているように見えます。おいおいマジかよ……。という顔。


 予想外の反応です。でも相手も同じことを思っていそうです。

 どゆこと?


「だから言ったじゃあないか」


 勝ち誇ったような声と共に、ローブに身を包んだ長髪の男性がやってきました。美形でした。刑事というよりは俳優さんのよう。それもいけすかない二枚目の。


 ゆっくりとした動きとは裏腹に、鋭い口調。彼女は少し、緊張しているよう。上司か何かのようです。


「まさか本当に、こんなこと言うやつがいるとは思いませんよ」

「ま、僕も思ってなかったんだけどね」

「えっ?」


 ええ。私のような面倒な人間が存在するなんて思いませんよね。


「だからこそ、面白いんじゃあないか」


 彼は楽しそうに、嬉しそうに言うのです。


 面白い? 初めてでした。

 私のことを、面倒ではなく、面白いと言ってのけた人は。 


「面白がる状況じゃありません」


 彼はつくしさんを下がらせ、私の前に立ちました。


 一気に緊張感が高まります、彼は懐に手を入れて試すように言いました。


「さて、僕も警察なのだがね。手帳よりも、こっちを見せたほうがいいだろう」


 彼が懐から出したのは拳銃でした。魔導オートマチック式で、警察手帳と同じ紋章が刻まれています。


 本物だとしたら、高度な魔道具であるはずです。普通の人は持つことすら禁止されている高度な術式が施された代物。


 私のほうにこそ向けていませんが、すぐにでも撃てるよう、引き金に触れています。安全装置なるものもあるのでしょうが、それが有効かどうかは判断できません。


「それも、証明になるとは思えませんが?」


 何でそんな挑発するようなこと言っちゃうかな私。でも、言わずにはいられないのです。


「だろうね。だとすれば、僕は何を持ってくればよかったのかな?」


 警察が警察であることを証明するもの? そう言われると、なんでしょう?


 確かに手帳は警察が警察であることの証です。それを疑った段階で、証明は不可能? 彼はそこまで理解した上で、拳銃を取り出している。


 ああ、なるほど。


「理解しました。確かに、それこそが証ですね」

「えっ? どういうこと?」


 つくしさんはまだ、理解していません。拳銃だって偽造は可能だろうって顔で上司を見つめています。そんな彼女に彼は問いかけます。


「そもそも、君が警察であることを証明するものは何だい?」

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