第13話 人を殺す意義

 十課の部屋に帰った私達を迎えてくれたのはムーラ係長。

 土霊人ドワーフと人間のハーフだけあってひげがダンディなのです。


「リンズに連れて行かれたと聞いた時はヒヤヒヤしたよ。無事で何よりだ」

「えっと、本日付で配属になりましたヴェイル・アンフィールドです。よろしくおねがいします」


「うむ。期待しているぞ」

「あの……」


 十課や私が配属された経緯などを聞こうとしたのですが、リンズ刑事が割って入ります。


「取り調べは?」


 うわぁ。まずは事件を解決してからだということですね。

 大丈夫でしょう。事件は目の前で起きました。たとえ不可解なことがあろうとも、証拠はまだ新鮮なはずです。


 事件は発覚が遅れれば遅れるほど、解決が難しくなります。証拠も記憶も、真実さえも時間とともに色あせて、形を変えてしまうのです。


「まだだ。男もドラゴンの方も隣の病院で治療中だ。治療が終わり次第本格的な取り調べに入る。どうにも単純な事件というわけでもなさそうなんだ。いまわかっている情報を教えてやれ。カイド」

「はい」


 カイドと呼ばれた狐の獣人がメガネをくいと上げて、報告書を片手に話し始めました。抑揚のない精密な口調です。


「男の名はエイン・ラルザール。36歳。自称白金級プラチス冒険者。現在ギルドに照会中です」


 冒険者と来ましたか。ドラゴンの討伐も彼らの仕事のうちのはずです。


「ドラゴンの方はリファール・グリッドドラゴン、年齢不詳。ガルズ氏の妻です。住民票によれば24年前に結婚しています。子供は居ません。2人で最上階の住居で暮らしていた様子です」


「そういう種族なのか?」

「はい。グリッドドラゴン属は竜族の中でも人間近い生活様式を取ることがあり、夫婦で暮らし、子供を育てるそうです」


 ドラゴンにもいろいろな種類が居ることがわかってきています。グリッドドラゴンのような種族もいれば、男女の区別すらない種もいるのです。


「病院での簡易的な取り調べでは正反対のことを言っていたようです。リファールによれば、エインがガルズ氏を殺害したと。一方で、エインによれば彼がガルズ氏の部屋に入った時点でガルズ氏は死んでいて、その後部屋に入ってきたリファールに襲われたと。一致しているのは二人が戦ってリファールが怪我をしたというところですね」


 殺していないと言いますか。

 確かに、暴竜ガルズを簡単に殺せるとは思えませんからね。


「どちらにしろ、続きの捜査は一課が持っていったよ。暴竜ガルズ氏は国王の契約者だ。うちには手に余るさ」


「一課だって? 困るなぁそういうのは。行くよ、名探偵」

「え、はい」


 一課とは魔導捜査一課のことでしょう。

 リンズ刑事はすこぶる不満そうです。



「だーかーらー、俺はやってねぇって言ってるだろう」


 取調室ではすでに他の刑事によって取調べが行われていまいた。私達はマジックミラー越しに観察します。刑事は赤髪で大柄の男性です。


 エイン・ラルザール、自称冒険者36歳曰く、自身は加害者では無く被害者であると。無精髭を生やした人族の男です。

 

「おまえ以外に誰が殺ったっていうんだ」


 刑事は机をどんと叩いて威嚇しています。


「知らねぇよ、それを調べるのがあんたら警察だろうが」


 殺人の容疑がかかっているというのに余裕の表情です。本当にやっていないとでもいうのでしょうか。


 どうにも協力的な方では無いようです。まぁ犯人というものはそういうものなのかもしれません。逆に、協力的な方こそ警戒しほうがいいのでしょう。



 しびれを切らしたリンズ刑事は取調室に入ります。

 リンズ刑事の顔を見た一課の刑事は嫌味な笑みを浮かべます。


「よう。屋根裏のリンズじゃねぇか。今日は子連れか? 自由でいいなぁ、十課は」


 明らかな敵意を持ってリンズ刑事を馬鹿にします。

 リンズ刑事以上にいけ好かないやつです。

 誰が子供ですか、しかもこんなひとの。


 無視して犯人に話しかけます。


「こんにちは。無事で何よりだ。君を助けたうちの刑事になら、少しはまともな話を聞かせてくれるかい?」


「ああ。あんたはあのときの。助かったよ。ちっこいのに刑事だったんだな」

「当然のことをしたまでです」


 ちっこいのは余計ですが。

 私は前に座ります。

 初取り調べです。

 ここはビシッと決めてあげましょう。


「今朝のことを詳しく教えてもらえますか?」


 まずは状況確認です。ドラゴンの供述と比較して、矛盾があるかどうかは犯人に繋がる大切な手がかりです。


「あのドラゴンがすべて悪いんだよ。俺は何一つ悪くねぇ。あの野郎いきなり俺を殺そうとしやがったんだぜ?」

「なぜあんなところにいたのです?」


「仕事だよ仕事。俺はおまえら公務員と違って毎月金が貰える訳じゃあ無いんでね。ドラゴン討伐の依頼を受けたんだよ、そんでガルズに助言をもらおうと思ったんだ。ドラゴンのことはドラゴンに聞くのが一番だろう?」

「助言? ドラゴンを倒す助言をドラゴンに聞こうとしたんですか?」


「ああ。俺って天才だろう?」


 天才というか、無茶苦茶というか……。


 そこに他の捜査員が入ってきました。


「裏が取れました。その方は本物の白金級プラチス冒険者です」


 冒険者と言えば配達や草むしりからドラゴンや懸賞首の討伐まで請け負う人の総称です。


白金級プラチスなら一人でも小型のドラゴンと対峙できる強さですよね」

「何言ってんだ! 相手はあの暴竜ガルズだぞ、白金級プラチス10人でも危ういぞ?」

「そうなんですか?」


 私はリンズ刑事に問いかけます。

 こと戦闘に関しては私はそこまで詳しくないのです。


「グリッドドラゴンの暴竜ガルズ、ここらじゃあ知らないやつは居ないだろう。最新の魔導具を使ったところで倒せる相手じゃあない……はずだがね。正直、おとぎ話の中の人物だ。正確なことはわからないよ」


「大体、俺がガルズを殺してなんの得になるってんだ。奴は国王の契約者だぞ!」


 どのドラゴンでも良かった……で殺せるような相手ではありません。首を切断する、明確な殺意が感じられます。確かに、動機が不明ですね。それに、実力も不足していると。


 続けて取り調べた結果、エインの話によると、午前9時にガルズ氏を訪ねるため、ビルの1階から人間用エレベーターに乗り最上階に向かった。


 エレベーターを降りてすぐ人間用の玄関の呼び鈴を鳴らすも、反応がなかったためそのまま扉を開け室内に入り、廊下を抜けガルズ氏の部屋に行った。


 そこでガルズ氏の死体を見つけた。異変に気がついたリファールさんが部屋に入ってきて、ガルズ氏が殺害されたと思い襲ってきた。その後警察に捕まったと。


「8時45分頃だ。ビルの1階で怪しいやつを見たぜ」


 ほかに気になったことはないかとの質問で、エインが答えました。


「あいつは強そうなやつだったな。見たことがないから冒険者じゃないと思う。あの歩き方は兵士か何かだろう」

「なぜ怪しいと思ったんだ?」


「血の匂いがしたんだ。俺にはわかる。エレベーターにも同じ匂いが残っていた」

「普通の人にはわからないと?」


「そうだ」

「体格とかはわかりますか?」


「俺より少し背が高く、体格は同じぐらいだったかな。長剣と短剣を持っていた」

「ありがとうございます」



「感謝したらどうかな? うちの優秀な新人が見事に聞き出してくれたよ」


 リンズ刑事はい一課の刑事ジッグに言い放ちました。


「たまたまだろ。そいつ、例の魔法が使えいない問題児か?」

「問題児はないだろう。彼女は類稀なる才能を持っているよ」


「けっ、屋根裏にはお似合いだな。学校にでも改装したらどうだ? 後はうちでやる。邪魔すんなよ?」

「ああ。わかってるよ」


 取調室を後にして、廊下でリンズ刑事に聞きました。


「あのう。彼らとはどのような関係で?」

「一課かい? 彼らはまぁ、表の連中だよ」


「私達は、屋根裏の連中?」

「その言い方は良くないよ。あそこは出動しやすくっていいんだよ?」


「邪魔すんなと言われましたが?」

「邪魔はしないさ。むしろ。先に事件を解決してあげるのが僕たちの役目さ」


「それは素敵な役目ですね」

「だろう? 次は奥さんの聴取に行こう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る