第12話 暴竜の首

 屋上にはドラポートがあり、ドラゴン用の大きな階段が階下に続いています。飛行バイクは屋上に静かに降り立ちました。


 自己紹介の前に最前線に送られるなんて。とりあえず、生き残ることを目標にいきましょう。そもそも、ドラゴンが暴れているだなんて警察の範囲を超えてません? もう収まっていることを祈るばかりです。


 階下へ続く大きな扉は開いていました。

 リンズ刑事は真剣な表情で私の方に手のひらを突き出します。止まれのハンドサインです。


 右手には銃を持っています。

 階段の安全を確認し、素早く階下に下り、物音のする方向に進みます。


 大きな階段を下りると、ドラゴン用の広い廊下と大きな扉、そして高い天井が現れました。まるで小人になったかのような不思議な感覚です。洞窟をもしているのでしょうか、薄暗くひんやりとしています。


 扉の向こう側から叫び声が聞こえました。

 男の声で何やら助けを求めているよう。

 どうやら真っ最中のようです。心を決めましょう。


 リンズ刑事は銃の引き金に指を掛けたまま音もなく少し開いた扉を覗くと、次の瞬間には部屋に突入します。流れるような美しい動きでした。


「警察だ! 全員動くな!」


 私は恐る恐る部屋を覗きます。

 部屋の中ではドラゴンと剣を構えた男が対峙していました。

 人間用の応接セットと、ドラゴン用の机や本棚などもあります。


 木で作られたドラゴン用の寝床が奥にあり、そこに別のドラゴンが倒れているのが見えました。そのドラゴンの周りには血だまりが見えます。


 ドラゴンと言っても大型種ではなく身長4メートルほどの小型種です。

 それでも人間の倍以上ある体躯と頑丈な体を持っています。


 男は警察の姿を見て安堵の表情を浮かべました。

 

「助けてくれ! 殺されそうなんだ!」


 もちろんですとも。目の前で殺させてたまるものですか。


 どうやらドラゴンが男を殺そうとしている様子。

 そのドラゴンは怒りを帯びた声で叫びました。

 

「人間の正義を執行する者よ。私はこの男を殺さなければなりません」

「それは困るね。そいつがなにかしたってんなら、そいつを裁くのはアンタじゃなく法律だ」


 リンズ刑事は銃口をドラゴンに向けます。


「人間よ、あの男は危険です。私には殺す権利がある」

「前時代的な考えだね、飛行艇が飛び交う世界にはそぐわないな」


「ならば力ずくで止めて見るがいい」


 好戦的です。

 それはそうでしょう、同族が殺されているのです。


 私は覚えたての口上を読み上げます。


「公務執行妨害及び魔法の不正使用で逮捕します。抵抗する場合は罪が重くなります。種族・宗教などの理由により特別な逮捕方法を希望する場合はその旨を伝えてください。虚偽の申請には厳罰がくだされます」


「よく覚えてるな」

「昨日まで警察学校にいましたもので」


「ドラゴンの倒し方は教わったか?」

「残念ながら」


「カリキュラムの更新が必要だね。君は彼を救出する役だ」

「了解です」


 まずは人命が最優先であります。

 意外にも大切な仕事を私に任せてくれました。

 任されたからには全力でお助けします。


「僕のことは考えなくていい、救出することだけを考えろ」


 そう言うと躊躇なく引き金を引きます。

 しかし相手はドラゴンです。皮膚には傷ひとつつきません。


「だろうな!」


 ドラゴンと言えば炎です。

 今まさに炎を吐こうとするドラゴンに無詠唱で氷結魔法をぶつけます。

 それでもドラゴンは強引に炎を吹きました。

 その炎も相殺しています。

 私達が逃げるまでは防御に徹するようです。


 その隙に男を連れて部屋を出ようとします。

 男は少し服が焦げていますが無事のようです。


「さすがは人間の正義を執行するもの。見事な魔法です」

「お褒めに預かり光栄だ。ご褒美に投降してほしいね」

「それはできません」


 その間に私は男を救出することに成功しました。

 私偉い。

 そして1人でドラゴンと渡り合うリンズ刑事は少し見直しました。


「救出完了しました!」


 遅れて到着したつくしさんに男を渡します。


「えっ? ヴェイルちゃん? なんでこんなところに?」

「今日配属されました」

「うわぁ……。リンズさんだね? あとで懲らしめなきゃ」


 ドラゴンはまだリンズ刑事と対峙しています。

 男を救出されてさらに怒りが増している様子。


「おとなしく投降してください。すでにこの部屋は包囲されています」


 警察に入ったら言ってみたかったセリフトップ10のひとつを初日で言うことができるとは。世界は事件で満ち溢れているのですね!


「知れたことよ。我は誇り高き竜族であるぞ、人間風情が何人集まろうと蹴散らしてくれよう」


 これまでにない威圧感。

 部屋全体が震えるような声でした。


「気絶させるしかないようだな」


 リンズさんが詠唱に入ります。

 その間はつくしさんが戦うようでした。拳にはグローブ型の魔導具。肉弾戦がお得意のようです。頼もしい。


「今ならまだ軽い罪で済かもしれません。これ以上の魔法を使った抵抗は重罪ですよ?」


 私は交渉役ということで。


 その言葉を聞いて、ドラゴンの様子が変わりました。


「あなた方に従いましょう」


 何故でしょう。

 さっきまであれほどやる気でしたのに。

 私の手柄ということにしときましょう。


「逮捕だ」

「嘘かも知れません。拘束具が来るまで見張ってましょう」


 私の心配をよそに、ドラゴンはずっとおとなしくしていました。



「名探偵。初仕事にしては上出来だね」

「探偵じゃありません」


「さて、捜査といこう。名探偵、ここからは君の領分だ」

「だから探偵じゃ……」


 いえ、その前にもっといろいろ説明することがあるでしょう?


 拘束具と共に、医療班と鑑識がやってきました。

 男とドラゴンを移送し、部屋の捜索が始まります。



 気がつくとリンズ刑事は目を閉じて片方の手を胸に当て、祈りを捧げているようでした。


 ペリグ教式の鎮魂の祈りです。

 心を込めていることが伝わってくるようでした。


 私も隣で祈ります。


 そうです、死んでいるのです。


 もはや目の前のドラゴンさんが起き上がることはありません。

 せめて犯人を捕まえて、安らかに眠ってもらいたい。


 罪を犯せば捕まると、罰が下るのだと知らしめて、犯罪を抑止する。


 これが私達の仕事。


「なんだい?」


 不思議そうに私が見ていたことに気がついたようです。


「リンズ刑事のことがわかりません。人をいきなり犯人扱いして無理やり推理させたかと思えば、ちゃんと捜査をしたり、被害者に祈りを捧げたり」


「興味を持っていただけたようで光栄ですよ。名探偵。ぜひ私めの謎もお解きください」

「きもちわるい」


「相変わらずきついね。だけどそんなところも僕は好きだよ」

「きもちわるい」


「そうそう。リンズ刑事はやめてよ。リンズでいい。相棒なんだしね」


 相棒? 誰と誰が?


 

 奥で倒れていたドラゴンを視ていた医療班が呼んでいます。

 慣れないドラゴンの検視が終わったようです。


「頚部を一刀両断されたようです」


「殺人……ということだよね?」

「はい。被害者は人権を持っています。ガルズ・グリッドドラゴン氏、市民権を持っている種族です。この部屋に住んでいたようです」


 この世界には様々な種類の知的動物が存在しています。市民権は人間とある程度の意思疎通や法令遵守が可能である種に与えられ、人間と同等の権利を持つのです。竜族でもトカゲサイズの種や古代竜など市民権を持っていない種族が多く居ます。


 グリッドドラゴン族は苗字を持たないため便宜上種族名を苗字として扱っています。


「ガルズってあの『暴竜ガルズ』ですか? おとぎ話しの」


「はい。通称『暴竜ガルズ』、48年前に前国王ザン8世に討伐され、それ以来従属として街の警備に当たっています」


 ザン8世とガルズの戦いは子供達に人気のおとぎ話です。


「そのガルズが首を一刀両断されていて、その妻が敵討ちをしていたと?」

「そのようですね。死因は頚部切断により失血死。鋭利な刃物で切られたようです。ですが、ドラゴンに詳しい法医学の専門家がいないために詳細な死亡時刻などは不明です」


 その後も他の部屋の捜索なども行われましたが特に不審なものは見つかりませんでした。


「妙ですね……」

「さすがは名探偵」


「茶化さないでください。あの男がガルズさんを殺したのだとしたら、なぜ私達に助けを求めたのでしょう?」

「ガルズと戦って満身創痍だったとか? あるだろう? 一撃必殺の奥義とか。使うと全身ずたぼろになるような」


 やけに楽しそうに語りますね。男のロマンってやつですか?


「私が助けた時は、元気そうでしたが」

「詳しいことは本人に聞けばいい」


 私達は一旦警察に戻り、みんなと情報共有することになりました。

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