Case 2 ドラゴンの殺し方

第11話 英雄と殺人鬼

 摩天楼の最上階、洞窟を模した部屋の奥で、凶悪な竜は首を落とされて、血溜まりを作っていました。


 これが100年前ならば、ごくありふれた竜退治のおとぎ話。誰が殺したかなんて些細なことで、探すとしてもそれは英雄として祭り上げるためでしょう。


 ですが時代は変わりました。これはれっきとした殺人なのです。


 刑法第145条:人を殺した者は、死刑又は無期若しくは15年以上の懲役に処する。


 竜には名があって、国民であり、人権を持つのです。誰かが殺したのならば、その誰かを探し当て、法のもと罰する必要があるのです。それが社会というもので、罪を罰しなければ社会は成り立ちません。


 最強と謳われるドラゴンの首を一刀両断し、凶器とともに忽然と姿を消した犯人。


 今日から私はその犯人を追う組織の一員なのです。


 結局、私が配属される捜査十課なるものがどのような所なのかわかりませんでした。まぁ、私らしいスタートでいいじゃないですか。謎の捜査十課を探すところから私の警察生活はスタートするのです。


 人口350万人を有する王都グラム。その中心部にそびえる庁舎は三百年以上の歴史を持ち、摩天楼に囲まれてなお威厳を失いません。ここで働くと言うことは、司法の番人として、正義の執行者として国民の生活を守ることを意味します。


「私は10階、ヴェイルちゃんの12階……は無いね」

 

 登庁した私達は、案内板で捜査十課を探しました。しかし12階は地下にも地上にも存在せず。刑事課は捜査九課までしかありません。


 しかたなくエレベーターに乗りました。さすがは警察庁。エレベーターすらも格式高く感じられます。しかし、高価な石材が使われているボタンにも12の文字はありません。10の次は屋上、まさか隠しコマンドを打つというわけでも無いでしょう。


「とりあえず、屋上に行ってみる」


 10階でクリスさんに別れを告げ、私は屋上に降り立ちます。交通二課の飛行バイクがパトロールのために大空へ飛び立たんとしているところでした。高度な運転技術と魔力量、どちらが足りなくても就くことはできません。


 見とれている私に気づいた交通課の隊員が慌ててやってきました。


「ちょっと、ここは危ないから見学の人は……」

「あのう、捜査十課はどちらでしょう?」


「は? 十課? え、君職員?」

「はい」


 胸につけたバッジをこれでもかと見せつけます。


「そうか……十課ならあそこから登ってくれ」


 指差した先にはバイクの倉庫があり、その上に屋根裏部屋のようなものが見えました。外に階段も見えます。あれが12階……。しかし十課が存在することは確かなようです。少しは安心できました。


「あそこ……ですか?」

「ああ。そうだ。あんた若いのに、何やらかしたんだ?」

「えっと。なんでしょう?」


 不憫そうな目で私を見る隊員をよそに、私は逃げるように階段を登ります。


「捜査十課一係」


 ギシギシと不安になる音を立てる階段を登った先、扉の横にはたしかに私の所属先が書かれていました。


 不安だけが募ります。ですが、ここで逃げるわけにはいきません。おそるおそる、やけに小汚いノブを回します。


「失礼しま」


 ゆっくりと開けようとしたところで、扉は内側からぐんと引かれたのです。私は勢いよく中に突っ込んでしまいます。しかしすぐになにかにぶつかりました。


「来たか、名探偵」


 忘れもしません。

 リンズ刑事です。


「感動の再会のところすまないが、急ぎなんだ」

「えっな」


 私が言い切る前に、リンズ刑事は私の腕を掴み、階段を降り始めます。


「ちょ、何するんですか!」

「事件だよ!」

「事件!?」


 引っ張られながら飛行バイクの格納庫へ向かいます。


「ホルン区でドラゴンと魔導具使いが暴れている。すでに死者が出ているんだ」

「ドラゴン!?」


 この前のひょうひょうとした姿が嘘のようにリンズ刑事はキビキビと動いています。


「乗ってくれ!」


 リンズ刑事はヘルメットを私に押しつけ、飛行バイクにまたがっています。


「魔法使えないんだろう? 現場に行くにはこれしかない」


 座席が2つある2人乗り用もあるはずですが、これは広めの座席が1つあるだけの1.5人用です。


 しかも改造されてるっぽいいかついバイクです。ですが事件です。ブーブー言っていても仕方がありません。


「どこをつかめば?」

「好きにしてくれ」


「帰ったあと、セクハラ相談室がどこか教えて下さい」

「帰ってこれたらね!」


 バイクはけたたましい音とともに浮き上がり、飛び出ていきました。私は仕方なく、抱きつく形になってしまいます。


 素敵です。これが魔法。これが空を飛ぶと言うこと。自由に、鳥のように。私もいつか、自分の力で飛んでみたい。

 

 王都グラム、様々な種族、人種が錯綜し混沌が支配する小さくも大きな街です。目の前には摩天楼が立ち並び、眼下には自動車がひしめいて、空には飛空艇や飛行生物が飛び交っています。


 同じ人間が集まるだけでも騒ぎは絶えません。それが文化も人種も種族も異なる人々になれは日夜事件の連続になることは容易に想像ができるでしょう。


『各員グインラードビルに急行せよ。ホルン区ダイソン通り5の15。最上階のガルズ邸でドラゴンと魔導具使いが交戦しているとのこと。ひときわ高いビルの最上階だ』


 無線の声が聞こえてきます。


 ドラゴンとは穏やかではありません。

 そして相手は魔導具使い。

 事態は一刻を争いそうです。


 魔法使いは修行や生まれ持っての力により魔法が使えます。


 魔道具とは普通の人間でも魔法のようなことができるようになる道具です。


 例えば魔力を流すと熱を持たせることができる魔道具はフライパンなどとして広く使われたりしています。


 このバイクも高度な飛行魔法が組み込まれたものでしょう。


 同様に、電気を帯びた剣などのような武器としても使われるのです。

 もちろん、街中での危険な魔道具の使用は違法です。

 ですが強い武器があれば使ってしまいたくなるのは人の性。


 バイクの進行方向にひときわ背の高いビルが見えました。


「どうやら一番乗りのようだ」

「ええっ、乗り込む気ですか?」


「当たり前だ」

「私は?」


「弾除けぐらいにはなるだろう。あるいは、交換用の人質」

「ひどい!」


「冗談だ。警察学校の成績は見せてもらった。魔法は使えないが、学科と逮捕術は優秀だ」

「無意味に連れてきたわけではないと?」


「そういうことだ。屋上についたらハンドサインで行くぞ」

「えっ、はい」


 バイクは無音飛行に切り替わり、屋上へと降りていきました。

 配属の挨拶すらするまもなく、勤務10分でドラゴンと戦うだなんて!

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