第10話 私の理解

 事件のあと、私は少しの事情聴取を受け、家に帰りました。犯人は罪を認め、事件は解決したそうです。私はリンズ刑事が行ったことをずっと考えていました。


 私の魔力消失が人為的である。リンズ刑事は密かにその事件を追っている。本当でしょうか? 嘘。と言う可能性も大いにあります。なぜ嘘をつくかは、考えたくありませんが。


 警察に行って、この前のような謎解きだけをするのなら、私は私でいられるはず。でも、リンズ刑事は私に人の感情を理解しろという。でなければ、私の謎も解けないと。


 最悪です。自分の感情が理解できないのです。


 一体私は、何をもやもやしているのでしょう? そんなことを考えていると、あっという間に警察庁から試験結果が送られてきてしまいました。


 父の書斎は相変わらずのカオスでした。所狭しと謎の物体が置かれています。天球儀にドラゴンの角、いわく付きの魔導書にダンジョンの宝箱。貿易商を営む父のコレクションです。


 触ると怒られるのですが、触ったことがバレなければ大丈夫。バレたって、お母さんに内緒で買ったお宝を人質に取ればいいのです。


 高そうな椅子に座り、ひげをなでながら父は言いました。


「ヴェイル。試験の結果が届いたようだ」

「そのようですね」


 父は絶対に不合格になっていると思っているようです。だからこそ、自信満々に開封の儀式を執り行おうとしています。父上も母上も、私が不合格になって永久就職してくれれば安心なのでしょう。もちろん、その気持ちは大いにわかります。


「不合格なら、フライス君と結婚するんだぞ」

「幸せな家庭を築くことを誓います」


 父上も私も、にこやかな笑顔で言いました。父上は少し、不穏な気配を感じたようです。


 あの事件から2週間が経とうとしていました。私は実家に帰り、花嫁修業という名の家事手伝いに勤しんでいました。両親ともに、私が不合格だと電話で伝えたのでそのつもりでいるのです。


 父上は黒竜のうろこから作られた自慢のレターオープナーで封筒を空けていきます。厳かに中身をとりだして、文章に目を通します。あるところで、鋭かった目が大きく見開かれました。


「合格……? 合格と書いてあるぞ?」


 父上は声がうわずっています。


「えっ? お父さん。何かの間違いでしょう?」


 両親にはとても申し訳ない思い出いっぱいです。これまでにも、心配をたくさんかけてきたのです。2歳の頃、私の髪が一夜にして白くなった時、財産をなげうって世界中の専門家のもとを訪れて、私の魔力を取り戻そうと努力してくれたそうです。


 父のコレクションは私の魔力を取り戻そうと始めた、世界中の魔力増幅グッズ集めが元になっているのです。


「ヴェイル。どういうことだ?」

「ええっとですね。これにはとても深いわけがありまして。列車の中で電話した時には、確かに不合格だったのです」


 お父様はやれやれだという顔です。


「あの事件。お前が解決したのだろう?」

「えっ? ご存じだったのですか?」


「お前のことだ、そんなことだろうと思ったよ」


 カマをかけたのですか。


「で、まさか刑事になるなんて言うんじゃないだろうな?」

「さすがはお父様」


「だめだ。刑事だぞ、魔法を使う凶悪な犯人と戦うんだぞ? お前が魔法を使えたって反対だ」

「お父様、大丈夫です。警察がそんなことするわけないじゃないですか。出した瞬間殺されてしまうよな私を最前線に投入しますか? もちろんするわけがありません。私はむしろ、警察署の奥底に閉じ込められて、事件の分析をするのです」


「そう言う割には、迷いがあるようだが?」


「さすがはお父様」


 そんなことまでわかるとは。


「バレバレよ?」


 お母様まで。


「実は……」


 私はことのあらましを説明しました。お父様もお母様も、私の魔力を復活させるためにずっと尽くしてくれたのです。話さないわけにはいきません。


「なるほどな。あのお前が迷うわけだ」


「行けば良かろう」

「お父様?」


「理由は明確だ。お前が私たちに話してくれたからだ。それまでのお前は、全て自分で解決仕様として、相談なんてしなかっただろう?」


「えっと……そうでしたっけ?」

「ええ。私が無理矢理聞き出さないとずっと黙ったままだったわよ」

「それも。お前の防衛反応だっただな」


「人の助言は理解できないことが多いので……」

「それでもお前は、私たちに相談した。お前は成長しているようだ」


「だから。行ってもいいと?」

「ああ。魔法学園の三年間。成長しているようには思えなかった。むしろ、ずっと苦しんでいるようだった。だから私は、結婚を勧めたんだ。だが、今のヴェイルは、困惑が半分、期待が半分と言ったところだろう。正直、わくわくしているのだろう?」


「わくわく……ああ。そうだったのですね。私、楽しみなんだ……」

「そう言うと、私たちが反対すると思っていたのだろう」


「さすがはお父様ですね」

「私とエレナの子だ。それぐらい簡単にわかるさ」


 さすがです。相談して良かった。

 自分の感情は、自分にしかわからないと思っていました。

 でも、意外とバレバレななんですね。


「就職は認めるが、条件がある」

「それは?」

「リンズ刑事とか言ったな。私たちに紹介しなさい」


「はい?」

「当たり前だ。大切な娘を預けるのだぞ、ガツンと言ってやらないと」


「そんな恥ずかしいこと辞めてください」


 と言ったところで、辞めてくれる人たちではありません。だって私の両親ですもん。



 3ヶ月後、私は警察庁に入庁しました。すぐに刑事になるわけではなく、警察学校での生活が3ヶ月ほどありました。


 訓練は大丈夫でした。魔法を使った訓練では全く何もできず、こんなところに私が居ていいのかととても不安になりました。それでも、なんとか卒業できました。


 そして、配属の日を迎えるのです。


 警察学校を卒業する日、みんなに配属先が書かれた辞令が配られます。

 卒業証書と共に配属先が読み上げられるのです。


「クリス・ミルキー君。交通二課三係に配属とする」

「はい!」


 お友達のクリスちゃんは交通二課、空の交通を取り締まるところです。花形の一つです。


 そして、次は私の番。

 みんながざわつきます。

 私が魔法を使えないことはみんな知っているのです。

 そりゃあどこに配属されるか気になりますよね。


「ヴェイル・アンフィールド君。魔導捜査十課一係に配属とする」

「えっ……、はっ、はい!」


「魔導捜査十課? 聞いたことないぞ」

「でも刑事課だろう? 魔法が使えないのに。前代未聞だな……」

「やはり、推理力が評価されたんだろうな」


 みんなのざわめきが聞こえてきます。

 私がルルウィン号運転士殺害事件を解決に導いたという話は、入学時点でなぜかみんなの知るところとなっていました。それに、警察学校でも何件か事件を解決してしまったのです。だからこそでしょうか、そこまでの反発は起きていないようです。


 刑事課、みんなの共通認識として、屈強で正義感が強く、魔法に長けた人間でないと入れない部署なのです。

 入りたくても入れない人は多く、厳しい目で見られるのです。


「ヴェイルちゃんやったね! 刑事課だよ!」

「クリスさん、交通二課ですね。おめでとう」


「私が入ったからには空の事故は激減だよ」

「クリスさんに追いかけられる犯人が不憫です」


「それどーゆーいみよー。ヴェイルちゃんが刑事課に入ったら迷宮入り事件は激減だね!」

「現実はそこまで甘くないですよ」


「でも、十課なんて聞いたことがないけど、知ってる?」

「私も気になっているのです。魔導捜査課は九課までのはずなのです」


「場所は……警察庁12階? そんな階あったっけ?」

「10階の上は屋上でしたよね」


「うん。10階に交通2課の部屋があって、その上は停車場になってるはずだよ?」

「その上……?」


「うーん。とりあえず、行ってみれば?」

「クリスさんは相変わらず……」


 能天気です。その能天気にどれだけ助けられたかわかりません。魔法学園では友達は1人もできませんでした。警察学校でもそうなると思っていました。父は私が成長していると言いました。これも、その成果なのでしょうか?


「明日の夜楽しみに待ってるよ」


 クリスさんとは寮で同室なのです。

 配属して1年間は寮で暮らすことが義務付けられているので、あと1年は彼女と一緒に暮らすことになっています。


「無事帰ってこれるといいのですが」


 そして、夜が明けました。

 2人とも、夜遅くまで話していたので少し寝不足ですが、全く眠くはありません。


 刑事課なので、所轄の警察官や交通課のクリスちゃんのような制服を着る必要はありません。服装選びにはとても苦労しました。どう頑張っても子供に見えてしまうのです。

 警察官であることを証明するバッジをつけてはいるものの、子供の遊びに見えてしまいます。


「かっこいい制服ですね」

「ほほう……最終的にそうなったのか」


 私を見るクリスさんは腕を組み、評論家気取りです。


「はい。もう、開き直ってみました」

「事件を解決した時に着ていたやつだよね」


 お母様が作ってくれた、魔力を増幅すると言われる糸から作られたワンピースです。


「下手にスーツなんか着て、不格好になるよりはましですし」

「行こっか」

「はい」


 警察庁は寮から歩いて5分の場所にあります。

 今度は刑事として、事件を解決してやりましょう!

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