エピローグ② (一号)

 なにもない空間に、俺は漂っていた。

 すぐ傍には、見知らぬ子供が佇んでいる。

 なにか言いたげに、じっとこちらを見ていた。

「元気そうじゃん」

 ヘラヘラと二号が笑っている。

「お前はこっちにきちゃダメだよ。今はまだね」

「こっち? なんの話だ」

 俺の質問は無視して、二号は子供を手招く。

「君はこっち側。一緒に行こうか」

 子供は素直に従った。

 ふよふよと漂いながら、二号と子供はどこかへ向かって飛んでいく。

「おい! 待て! どこへ行くんだ!」

「みんなのところ。もう一回探してみる」

 追いかけようとする俺を、二号は怒鳴りつけた。

「来るなって言ってるだろ!」

 その瞬間、浮いていた体が落下するのを感じた。

「あっ、そうだ。これ、お前にやるよ。ミュウちゃんにもらったんだけど、オレはもう使わないし。きっとお前を守ってくれる」

 落ちていく俺に、二号がなにかを投げつけた。俺は慌ててそれを受け止める。


 目が覚めたら、俺は学院の医務室にいた。ベッドに横たえられていて、視界には天井が映る。

 首を動かすと、ベッドのそばにクリーチャーとドラセーと教授がいる。

 体を起こそうとすると、教授が説教くさい調子で言った。

「寝てた方がいいよ」

「あっ、イッチー起きたんですか? おっはー。元気?」

「元気なわけないから、そっとしててあげなさい」

 確か、全部を燃やし尽くした後で力尽きて倒れたんじゃなかっただろうか。ミライがミュウと零号の核を抱えて出てきたところまでは覚えている。

 零号の核は、出て来てすぐに砂になって崩れた。そういえば、夢に出て来た子供に似ていたような気がする。

 体がしんどい。目が覚めはしたものの、また気絶しそうだ。

「俺は死ぬのか?」

「苦しいのかい?」

「ああ」

 あうぅ、とクリーチャーが不満げに呻いた。残して逝くのは嫌だがしかたない。

「ハハッ、ウケる」

 愉快そうにドラセーが笑っている。なにがおかしいんだ。このやろう。

「あんたは死なないよ」

「なんでだ?」

「ただの風邪だってさ。人騒がせな奴だねー」

「……風邪? なんだそれ」

 いや待て、聞いたことあるような気はする。風邪引くからあったかくしてないとダメだとか、それになったら医者を呼ばなきゃいけないとかどうとか、昔レンに聞いたような……。

「軽い病気だよ。普通の人間なら、病気と闘う力を母親から受け継ぐんだけど、君は瓶から生まれたせいでそれがなくて重症化したっぽいね。体が熱いのもフラフラするのも頭が痛いのも、それのせいだよ」

「治るのか?」

「心配しなくても、ご飯食べてあったかくして、お薬でも飲んでゆっくり寝てればそのうち治るよ。もう、だからお医者さん呼ぼうかって言ったのに」

 重く塞いでいた気分がふっと軽くなって、安心感に包まれる。

 じゃあご飯持って来るよ、と言って出て行った教授を見送る。俺が大きく息を吐くと、ドラセーがおかしそうに笑った。

「ビビって損したねー。全然大丈夫そうじゃん」

「……そうだな」

 ふと、違和感を感じて布団から手を出す。俺の右手はなぜだか銃を握りしめていた。

「なんでここに」

「なに? どしたの?」

「二号の銃がある」

「くれたんじゃないの? 知らないけど。私が来た時には、あんたもう寝てたし」

「……そうか」

 今はまだ来るなって言ってた。あれは、夢じゃなかったのかもしれない。

 頭を枕に預けて、ぼんやりと考える。

 もう死ぬかもしれないって焦っていたが、それが消えて気持ちがだんだん落ち着いて来る。

 前々から、できるかもしれないって思っていたことがある。回り道している暇はないって諦めていたが、やってみるのもいいかもしれない。

「よし。俺、医者になる」

「どしたの急に。錬金術はもういいの?」

「いい。あいつらは、二号が探しに行ってくれた」

 もう一度探してみるって言っていた。

「ホムンクルスを作るのは、今はまだできない。頑張ったらいつかは届くかもしれないが、それよりもやりたいことがあるんだ」

「ふーん。なに?」

「それなりに機能する体のパーツを作るところまでは、できてるんだ。医者になって、それを必要としてる奴に移植する」

「おー、なんかすごそう」

 不可能ではないはずだ。現に、クリーチャーは今もこうして生きている。

 手足が欠けた人や臓器を病んだ人に、作り物の代用品を移植する。それを続けていたら、いつか作り物の体は当たり前のものになるかもしれない。

「最初はお前の目を作ってやるよ」

「マジ? ちょー嬉しいんですけど」

 医務室の扉が開いて、教授が食事を持って帰って来た。お盆に乗せて、湯気の立つ粥を俺の目の前に差し出す。

「元気になったらちゃんと授業に出るんだよ」

「わかった」

 ふやけた穀物を口に運んでいるうちに、体に力が戻って来る。

 食べ終えると再び眠気が襲って来て、俺は目を閉じる。

 今度は、夢も見ない深い眠りだった。

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