エピローグ① (ミュウ)

 計画は失敗に終わった。

 切り札だった零号は燃やし尽くされ、一号も師匠も助力はしてくれないらしい。

 そういうことなら二号と二人だけでも、やれるだけやってみようか。そう思って、目が覚めてすぐ学院を抜け出そうとした私と二号を、師匠が呼び止めた。

「シュウからの伝言だ。シュウの部屋にある大きな箱を君に譲るそうだよ」

 師匠はそう言って、私を送り出した。

 二号と二人で連れ立って、故郷の町を目指す。

 私の体は派手に燃やされて零号と分離されたせいで、あちこちが火傷で痛む。

 炎に巻かれて、私はもう死ぬんだなと思った時、ミライがやって来た。彼女は燃える肉塊の中で私をしっかりと抱え込み、ごちゃごちゃと周りにわだかまっていたものが全て燃え尽きるまでそうしていた。

 取り戻したかったものは帰ってこないし、新しく作ろうとしたものは否定された。

 もう一度零号の死体を復元することも、できなくはない。

 でも、それを決めるのは師匠と兄さんの真意を確かめてからでもいいだろう。あの世に叩き返される寸前に、兄さんが言い残した遺言。どういう意図だろう?

「二号は、この後行きたい場所ってありますか?」

「海とかどう? 波の音がまた聴きたいな」

「そっか。あなたにとってはあの街が故郷ですもんね」

 私の家は、私が家族を殺した時のままになっていた。町中みんな皆殺しにしてしまったせいで片付ける者もおらず、時間に任せて朽ちるがままだ。

 階段を登り、兄さんの寝室へ向かう。

 師匠の言った通り、大きな木箱が置いてあった。机の上に、今日誕生日の子供に渡す用意でもしているようにデンと図々しく置かれている。

 バカじゃないのか。私がいつ帰って来るかなんて、知ってたはずがないのに。こんなところにあったら邪魔だっただろう。

 今更なにを贈るつもりだったんだろう。散々私の愛するものを否定してきたくせに。

 箱を開けると、中にはなにか機械のような物が入っている。真鍮の筒が百合の花のように外に向けて広がり、木でできた土台につながっている。土台の上には黒い円盤がはめ込まれていて、その上に下向きに固定された針が立てられている。なにに使うんだろうか。

「……なんでしょう、これ」

「これ、スイッチじゃない? 押していい?」

 私が頷くと、二号は土台についたボタンを押した。すると、スルスルと円盤が回り始める。

「おかえり、ミュウ」

 真鍮の筒から、兄さんの声が聞こえてきた。私は思わずビクッと体を震わせる。

 どうして。私が殺したはずなのに。師匠に術を解除されて、あの世へ帰ったはずなのに。

「びっくりしたか? これな、音を保存する装置なんだ。『蓄音機』って名付けることにしたよ。すごいだろ。俺が作ったんだぜ」

 なにかと思ったら、また作ったもの自慢か。げんなりしている私に、兄さんの声が語り続ける。

「ごめんな。レンからお前が「やりたいことがある」って出てったことを聞いた時、俺にはお前がなにをやりたいのかまるでわからなかったんだ。それで、後悔してこれを作った」

 遅いだろう。

「レンが山にこもった後で、なにか俺にも作れるものがないかなって考えてさ。お前が帰ってきたときに嬉しいことがあって欲しいと思って」

 黒い円盤がくるくる回り、固定された針がそれを撫でている。どういう仕組みなんだろう。

「これがあれば、歌を形に残せる。父さんと母さんは形に残らないものはダメだって言ってたけど、これに録音した歌を商品にするって言えば、お前が歌手になるのを止めないんじゃないかな」

「……え?」

「俺たちは、お前に理解を示してあげられなかったけど、これが流通してみんなに行き渡ったら、きっとその中にはお前に共感して一緒に歌ってくれる人がいるはずだ」

 円盤はくるくる回り、兄さんの声は得意げに装置の使い方と仕組みを説明している。

「遅いんですよ……」

 兄さんの話が終わると、円盤は回るのをやめた。

「どうしましょう……」

「海に行こうよ」

 困っている私に、二号が言った。

 私たちは街で荷馬車を調達して、蓄音機を荷台に乗せて海の街へ向かった。

 出会った海岸で、私と二号は岩に腰掛けて夕日を眺めた。

「なんでこんなところに連れてきたんですか」

「歌が聴きたいと思って。ほら、オレが生き返ってから、一回も歌ってくれてないでしょ?」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ」

 二号は、荷馬車に乗った蓄音機のスイッチを押した。

 音は円盤に保存され、円盤を取り替えればいくつもの音を残しておけるらしい。

 夜通し歌って空が白み始めた頃、二号の体が崩れ始めた。私は手首を切って血を飲ませようとしたけど、二号はそれを止めた。

「もう行くよ。もう心残りもないし、燃え尽きたって感じなんだ」

「置いていかないで」

「大丈夫だよ。ありがとうね、オレたちのこと大事にしてくれて。もう充分だよ」

 崩れていく体が、潮風に運ばれていく。

「向こうではさ、こっちの声が聞こえるんだ。君の声を聞きながら、気長に待ってる。おばあちゃんになったら会いにきてね」

 まだ、言い足りないことはたくさんあった。

 朝日が昇った。私の隣には、こんもりと積もった砂の山があるのみ。

 それが全部風に運ばれていくのを見送ってから、私は立ち上がって荷馬車に乗った。

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