エピローグ③ (ミライ)

 ミュウを見送って、一号が元気になると、レンは学院の街を出ようって私とジンに持ちかけた。

 ジンはミュウを追いかけた方がいい、って言った。元気になったらまた物騒なことを言い出すかもしれないから。

 レンは大丈夫、と言って一通の手紙を見せた。ミュウから学院宛に届いたらしい。

 手紙が届くと安心するらしい。私も次の街に着いたら一号にでも書いてみようか。

 出発の時、「ここにいてもいいんだよ」と言う教授に「いつか戻って来るかもしれませんが、今はダメです」と答えていた。

 次の街に着くと、レンは宿屋の人に「お困りのことはありませんか? 僕は錬金術師なので、直して欲しいものとか、作って欲しいものとかあればお力になれますが」と聞いた。「鍋が壊れちゃって」というおかみさんの話を聞くと、レンは錫と銅を混ぜ合わせた合金を作って、壊れた鍋を継ぎ合わせた。

 私とジンは顔を見合わせた。

 そして、私たちに「遊びに行ってくるといい」とお小遣いを渡すと、レンは馬車に乗って街道の方へ行ってしまった。

「なんだあれ」

「わかんない」

「今まで旅先であんなことしたことあったか?」

「ないよ。どうしたんだろ」

 私たちはレンの後をつけることにした。

 街道で馬車を降りると、レンは道ばたでござを広げている商人に話しかけた。

「行商の許可が欲しいんですが、この街でのルールはどうなってますか?」

 商人の男の人は、気のいい笑顔で答える。

「おう、旅の人かい? ここをまっすぐ行くと、役所がある。そこで申請を出して許可書をもらえば、あとは揉め事さえ起こさなけりゃ自由だ。しかしあんた、珍しい風態だな。どこの民族の出だ?」

 商人が言ってから気がついた。レンがフードを下ろしている。いつもは髪が目立つのを嫌がって目深にかぶっていたのに。

「さあ。幼い頃に家族とはぐれたので、親族のことはちょっとよくわからないんです。父が僕に似てたようなんですけど」

「そりゃあすまん。悪いこと聞いたな」

「いえ、お気になさらず」

 レンが馬車で役所に向かう後ろ姿に、商人は「行商頑張れよ!」と声をかけた。

 役所で許可をもらうと、レンは街道に馬車を止めて、外から見えるところに錬金術の道具を並べると、お向かいの材木屋から大きな木の板を買って「錬金術師の店・なんでも作ります」と書いた。

 それを馬車の幌に引っ掛けると、すぐに周りは人でいっぱいになった。

 私とジンは顔を見合わせた。

「なんだあれ」

「わかんない」

 お客さんは、レンに「鏡を作って欲しい」とか「壊れた農具を直して欲しい」とか次々とリクエストを飛ばし、レンはお客さんの見ている前でそれらにどんどん応えて行く。

 そして、それらを受け取ったお客さんは嬉しそうにレンを褒めた。

「兄ちゃん、腕がいいね。いくらだい?」

「えっ、あっ、考えてなかったな……。ええと、銀貨で……いや、銅貨かな……」

 見かねたジンが飛び出して行って、レンのすねを軽く蹴飛ばす。

「痛いな、なにするんだ」

「馬鹿野郎。それじゃあ材料費方が高いだろうが。えー、そっちの爺さんは金貨一枚。そっちのお姉さんは銀貨五枚。そっちのおっさんは金貨三枚な。今度から看板に大体の金額書いとけよ」

「いやあ、助かるなあ。ありがとう」

「助かるなあじゃねえんだよ。あたしらが来なかったらどうする気だったんだ。そんなんでよく今までやって来れたな」

「ごめんよ。こういうことは全部シュウがやってくれてたから、よくわかんないんだ」

 どうやら、レンはお店を開いたらしい。楽しそうだ。

「私もやる! いらっしゃいませー!」

 お店は大繁盛して、日が暮れる前に馬車に積んでいた資材は大方使い果たしてしまった。

 宿屋に戻り、馬に飼葉をあげて、部屋に戻る。

「また仕入れなきゃなあ」

 レンはちょっと疲れた顔をしているけど、なんだかいつもより顔色がいい気がする。

「なんで急にお店なんか始めたの?」

「そうだぞ。お前お尋ね者なんだろ。あんな目立つ真似しやがって」

「大丈夫、もし捕まってもなんとか逃げてみせるさ。今度は自力でできるか試してみよう。先のことを、ちゃんと考えようと思ってね」

「先のこと?」

「ほら、君たちもそのうち学校に行きたくなったり、勉強したいことができたりするかもしれないだろう?」

「お兄ちゃんみたいに?」

「うん。そう。例えば、ジン。どこかで騎士の養成学校とか見かけたら、入りたいんじゃないかな? 女の子がそういうところでやって行くのは難しいかもだけど、男装とかしてさ」

「あー、そうだな。確かに」

 レンは今日使った道具を磨きながら、淡々と話す。

「今は僕が二人の保護者だけど、いつかは、自分一人でもやっていける力を身につけないといけない」

「お別れの準備をするってこと?」

 その日のことを考えて、寂しくなる。嫌だけど、いつかは来るんだろう。

「先のことはわからないよ。僕にできるのは備えることだけ。えー、あと、そうだな。賢者の石も一応もう一つ作っとかないと」

 言われて、ふと気がついた。私の舌についていたはずの石がない。

「レン! 石がなくなってる! 大変! どこ行ったんだろう!」

「ああ、それなら大丈夫だよ」

「なんで? 知ってるの!?」

 私の舌から石が消えている。そして、レンはその行方を知っている。まさか……。

「ちゅーした!?」

「えっ」

「いつ!? 私が寝てる時!?」

「いや、あのね」

「起きてる時にしてよ!」

「うーん……。ま、いいか」

 詰め寄る私を見て、レンは困った顔で笑っている。

 プクク、と笑い声が聞こえた。私の隣でジンがおかしそうに笑いを堪えている。もう、なんなんだ二人とも。笑い事じゃないのに。

「もう! なんで笑うの!」

 私が怒ると、ジンは滲んだ涙を拭って、シーチキンに餌付けを始めた。

「落ち着けって。まだ話は終わってなさそうだぞ」

「メデタシメデタシ」

 私が慌てて口を閉じると、レンはこほんと咳払いをして続きを話し始める。

「君は自由だ。なんでも好きなものを選べる。色々見て回るべきだと思うんだ。僕のことが好きなのは、最初に僕しかいなかったからかもしれない」

「そうかな? そうじゃないと思うんだけど」

「まだわからない。だからね、それがわかるまで待つよ」

 私は首を傾げて、話の続きを待つ。

「君がやりたいことを見つけて独り立ちしたら、僕は家に帰る。覚えてるかな。君が生まれた、あの家だよ」

「出発した時に燃やしちゃった家?」

 鮮明に覚えている。

 あの山小屋で過ごした穏やかな日々も、それが崩れた時の不安も。

「うん。そう。あそこを建て直そうと思う。作ったものを近くの街で卸売りして暮らそうかな。孤児とか引き取って学校を開くのもいいかもしれない」

 レンの大きい手が、私の頭を軽く撫でた。

「あっちこっち見て回って人生を楽しんだ後、まだ僕のことが好きだったらキスしにおいで。そうでなくても、気が向いたら普通に帰って来ればいい。あそこは君の家でもあるのだから。燃やしちゃってごめんね」

 私は安心して頷いた。

「うん! でも、そんなにすぐやりたいことなんて見つからないと思うな」

「そう? 案外すぐ見つかるよ。今日も楽しそうにお店の手伝いしてじゃないか。いろいろやってみたらいい。世の中案外怖くないみたいだしさ」

 そこへ、トントンとドアをノックする音が聞こえた。

 レンが「どうぞ」と答えると、おかみさんが夕食を持って入って来た。

「頼んでませんが」

「いえいえ。鍋のお礼ですよ。食べてってくださいな」

 レンが直した鍋いっぱいに、野菜と鶏肉がたくさん入ったスープがなみなみと満ちていた。

 おいしそうだ。いい香りの湯気がこっちまで漂って来る。火の通った野菜の甘い匂いと、鶏肉から染み出した食欲をそそる脂の匂いの中に、ピリッとした香辛料の香りが混ざっている。

「わーい! ありがとうございます! おいしそうだね!」

「オイシソウ!」

 ジンの頭の上でシーチキンが鳴いた。

「あなたも一緒に食べようか」

「ワーイ!」

 夕食を食べて、体を洗って、ベッドに入る。お店が忙しかったせいか、すぐにまぶたが重くなる。

 明日が楽しみだ。なるべく早起きしなくちゃ。

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アルケミック・ガール 3 異端の錬金術師 タイダ メル @tairanalu

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