第27話 (ミライ)

 逃げろ、ってジンの切羽詰まった声と、ザーッと雨のような音がする。砂が勢いよく飛んで、壁に当たる音だ。逃げたのがバレた。ミュウが追いかけてきているんだ。

「もー! あなたが大声出すから!」

「ゴメンヨ。ゴメンヨ」

「いいよ!」

「ヘッ、チョロイゼ」

「もー!」

 今やらなきゃいけないのは、ミュウから逃げることと、レンを探すこと。それから鍵を探さなきゃいけない。ジンを牢屋から出さなきゃいけないし、レンもおそらく枷をつけられている。どこかに鍵束でも落ちてないだろうか。

「ミライ? どうして逃げるんですか?」

 すぐ後ろから声が聞こえる。走っても走っても、砂嵐の音はぴったり後ろにくっついてくる。

「だって! レンが苦しそう!」

「いいじゃないですか。自業自得なんですから」

「ダメー!」

 薄暗い通路は先が見えなくて、闇雲に走っていると不安になってくる。どんな風に道が通じているのかはわからないけど、どこかにレンがいるはず。

「あなたも一号も、なんでわかってくれないんですか。あなたたちのためなのに」

「そんなこと頼んでないもん!」

 通路の途中に木製のドアがついているのが見えた。もしかしてあそこにレンがいないだろうか。私はそのドアの前で急停止して、勢いよく開いた。

 扉の中の狭い部屋には、人の体がゴロゴロ転がっていた。どれも動く気配は微塵もなくて、ところどころ変色している。死んでいるんだ。

「きゃー!」

「ああ、ちょうどいい。彼らにも手伝ってもらいましょう。魂を降ろさずに体だけ操るのなら、結構簡単なんですよ」

 ミュウがそう言ったのが聞こえた途端、力なく横たわっていた死体たちがフラフラと立ち上がってこっちを向いた。

「きゃー!?」

 こっちを見る目はどれも濁っていて、中にはどろっと眼窩からはみ出してしまっているものもいる。

 動く死体たちは、一斉に私の方へ向かって足を進めてくる。意志を感じないのろのろとした動きが不気味だ。

「ぎゃー!」

 私は慌ててバタンとドアを閉じて、一目散に駆け出した。

 すぐに後ろの方からバキバキと木の裂ける音が聞こえて、死体が追いかけてきたのだとわかった。

 動く死体が溢れ出てきたせいだろう。通路に死臭が満ちる。

 前方からもやってきた。別の部屋にも保管してあったんだろう。どうしよう、逃げ場がない。ここは危ないと判断したらしい。シーチキンが羽を広げてどこかへ飛んでいく。

「このー! 薄情者ー!」

「アラシノトキハミナトヘモドレ」

 腕を掴まれた。腐った肉が崩れて、骨が皮膚に食い込んでくる。

「うげっ! 気持ち悪い!」

 必死になって振り払おうとするけど、かなわない。胴体や足も掴まれてどんどん身動きが取れなくなってしまう。

「いやー! 離せー! このー!」

「牢屋に戻って。おとなしくしててください」

「やだー!」

「なにが嫌なんですか」

 死体たちが脇へ退いて、私の前に空間が開く。そこに、ゆっくりとミュウが歩いてきた。

「あなたにとっても悪い話じゃないはずです。人間がみんないなくなったら、あなたたちは平和に生きていける」

「そんなはずはない。ホムンクルス同士でもダメなものはダメなんだよ。知らないでしょ、一号って会ってすぐに私を殺そうとしたんだよ?」

 ミュウが驚いて目を見開いた。

「彼が? あなたなにしたんですか?」

「ひどい! 私悪くないのに!」

 ドォン、と爆発音がして、天井からパラパラと砂が降ってくる。

 その音に、ミュウは気を取られて不安げに目を泳がせた。

 私は思い切り力を振り絞って、体を押さえつける無数の手を振り払う。

 この人たちを操っているのは、ミュウが持っている石だ。それさえ取り上げちゃえば、この死体たちは動きを止めるはず。

 ミュウに飛びついて馬乗りになって、マントの下を探る。あったかい。

「ちょっと! なにするんですか!」

 手が金属に触れた。引っ張り出すと、それは輪に通された鍵の束だった。

「鍵! もしかして……」

「返しなさい!」

 ミュウが血相を変えた。当たりみたいだ。

 鍵を取り返そうと、ミュウの手が伸びてくる。私は慌てて身を翻して逃げ出した。

「待ちなさい!」

 すぐに死体たちが私を捕らえようと追ってくる。

「なんでわからないんですか。……ああ、そうだ。あなたも恋しい人を亡くしてみるといい。そうしたら私の言うことがわかるはずです」

 まずいまずい。めっちゃ怒ってる。レンを殺す気だ。

 早く見つけて助けないと!

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