第25話 (レン)

 あの時、組合本部の地下にある牢屋から僕を連れ出して、シュウは「逃げるぞ」って言った。

 僕は息が苦しくて死にそうだった。もう全部終わりにしたかった。

「どうしてだ。事態を収めたいのなら、元凶である僕の首があった方が、話が早いだろう」

「ダメだ! 死なないでくれよ」

「今なら誰か助けられるかもしれないんだ! 一番悪い奴を殺して、それで終わりでいいじゃないか!」

「もう手遅れだ!」

 その時初めて、僕はホムンクルスたちが全滅したのを知った。

 シュウの家にかくまわれて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 ある夜、悪夢にうなされて目が覚めると、カーテンが風になびいていた。ガラスを割られてこじ開けられていた。月明かりが妙に明るい夜だった。

 僕の胸の上に一号が馬乗りになって、今まさに剣を突き立てようとしていたところだった。

「一号? 生きてたのか!?」

 問われて、一号は戸惑ったように顔を歪めて飛び退いた。

 それからなにも言わずに、窓から出てどこかへ行ってしまった。

 今思うと、僕があんまり嬉しそうにするから混乱したんだろう。裏切られたから殺しに来たのになんでそんな反応するんだって、どうしたらいいかわからなくなったんだろう。

「待って! 一号! 待つんだ!」

 僕の大声を聞きつけて、シュウが血相を変えて飛び込んできた。

「今そこに一号がいたんだ」

「落ち着け、一号は死んだ」

「確かにいたんだ! 見てくれ!」

 ベッドのシーツに、汚れが落ちていた。血と泥が固まったものが鎧から剥げ落ちたものだった。

「なにをしに来たんだ?」

「僕を殺そうとしてたみたいだった」

「お前を恨んでるのか」

「無理もないよ。助けに戻るって約束したのに、ダメだったんだから」

 僕があそこを離れた時も、みんなを守ろうと体を張っていた。自分が一番強いからって、必死になっていた。

 無念だっただろう。今、あの子の近くには誰もいない。

「もう一人作らなきゃ」

「はあ? なに言ってんだお前!」

「これで最後の一人にするから。人目につかない山奥で作るよ。その子が言葉と心を覚えたら、一号に引き合わせに行く」

 優しい子になって欲しかった。

 人を傷つけたりしない、一人きりでいる人を放っておけない、そういう子がいたらいいなって思った。

 長生きして欲しくて、可能ならば未来永劫生きてて欲しくて、「ミライ」と名付けた。

 後悔や未練がたくさんあった。ミライには、他の子達にやってあげればよかったと思ったことや、幼い頃に自分がして欲しかったことを、できるだけたくさんしてあげようと思った。


 ミュウは、僕の首に鎖をつけた。鉄の輪が首を覆い、そこから伸びる鎖が地面に打ち込まれた杭に繋がっている。

 首輪をわざときつめにつけて、苦しさに喘ぐ僕を見て喜んでいたのは、何人目の持ち主だったっけ。思い出したらまた息が苦しくなってくる。あの人はどうやって殺したんだっけ。

 工房の設備はびっくりするくらい整っている。さすが弟子というか、僕が好んで使っていた道具がたくさん並んでいる。

 フラスコ、試験官、るつぼ、火箸、天秤、他にもたくさんの道具が僕を取り囲んでいる。慣れ親しんでいるはずの景色が、どうしてかよそよそしい。

 人間なんかいない方がいい。僕もそう思う。だってあの人たちは、ひどいことをする。

「レン、調子はどうだ」

 扉を開けてシュウが入って来た。反射的にビクッと肩が震える。彼はいいやつだってわかってるのに。

「かなり悪いね。これ、外してくれない? 逃げたりしないからさ」

 僕が首につけられた鉄の輪を指差すと、シュウは力なく肩を落とした。

「悪い、できない」

 今回はさすがに無理か。仕方ない。

「僕、このままだとミュウを殺すかもしれない。自由を奪われるのが怖いんだ」

「お前がそんなことするとは思えない」

「僕は君が思ってるような奴じゃないのさ。僕とひと月一緒にいて死ななかったのは、君より前には家族しかいないよ。僕はね、怖いものを殺して殺して、ようやく君のところに逃げ込んだんだ。身を守る手段をそれしか知らない。このままだと、いつかはずみでミュウを殺してしまう」

 話したくなかった。彼は、普通の家庭で育った普通の人だ。僕みたいなのがいるなんて、考えもしないんだろう。彼だけは僕を外れ者扱いしなかった。だから、普通じゃない話は極力避けていた。

 シュウは、憔悴した様子でうなだれている。

「殺さなきゃ、あの子はもう止まれないかもしれない……」

「ごめんね。僕みたいのと関わり合いになるから、こういうことになっちゃうんだ」

「そんなこと言うなよ。お前は悪くないだろ。ただ、ちょっと巡り合わせが悪かっただけなんだ」

「僕の周りはね、いつもなにか揉めてるんだ」

 母の都合で引っ越すたびに、今度こそここで穏やかに暮らせると自分に言い聞かせていた。人買いの手に戻るたびに、今度こそいい人に買われたいと願っていた。その願いがかなったことは一度もない。

「ごめんね。僕さえいなければ、君は普通に夢を叶えて、ミュウと仲良く暮らしてた」

 出会った頃は、シュウと一緒に色々作っていた。でも学院をでて海の街へ行った頃になると、もっぱら僕が工房、シュウが街で仕事をするようになっていた。

 ある日、たまには一緒に何か作ろうよって誘ったら断られた。

 理由は、「だって、なにを作ったってお前が作ったものの方が、できがいいじゃんか。延々見劣りするものを作り続けるのって、悲しいんだぜ」というものだった。

 僕さえいなければ、歯車は噛み合ったままだったのに。

「そっちこそ、俺がお前の才能に気づかなけりゃ、今頃もっと穏やかに暮らしてたかもしれないな」

「違うよ。僕はどこへ行ってもひどい目にあうんだ。君のせいじゃない」

 本当だったら、一号に殺してもらう予定だったんだけど。世の中うまくいかないものだ。

「あの子を止めたいんだったら、一ついい方法があるよ」

「なんだ?」

「僕を殺せばいい。僕がいなくなったら、彼女は計画を見直さざるを得ない」

 僕の言葉に、シュウは顔を青くした。彼にとって人殺しは、罪深くて縁遠いものだ。 無理もない。

「逃げるだけじゃダメなのか」

「そうしたらミライとジンが傷つけられる。大丈夫、人って結構簡単に死ぬよ。君は器用だ。うまくやれるさ」

「嫌だ……」

「僕を殺すか、ミュウをこのまま放っておくか、二つに一つだ。このままだと彼女は、目につくもの全部を破壊する怪物になってしまう」

「お前を殺すなんて」

「君は、血の繋がった家族を見捨てるようなやつじゃないはずだよ」

「俺にはできない」

 シュウは力なくその場にしゃがみ込んでしまった。

「もしも殺したとしても、俺みたいに生き返らせて支配下に置くだけだ。なにも変わらない」

「ダメかぁ。死んだらここから逃げられると思ったんだけど」

 遠くで爆発の音が聞こえた。揉め事が起こっている。多分、一号と二号が喧嘩しているんだろう。二号は火薬の武器を好んで使っていたようだったから。

 どう転ぶだろう。単純な力の差なら一号が勝つと思うけど、彼は体にガタがきている上に二号は強力な武器を多用する。

 一号が勝っても、おそらく事態は好転しない。一号は二号もミュウも殺さない。二人が諦めるまで防衛戦を続けるつもりだろう。寿命が尽きればそこで終わりだ。どれくらいもつかは、僕にもわからない。設計段階では寿命の設定はしていなかった。

 二号が勝てば、ミュウは本腰入れて計画を進め始める。一号を味方に引き入れられないのは痛いだろうけど、もしそうなればあの子は二号と同じように反魂術を使うか、僕に代わりの一号を作らせるかするだろう。あれだけ強い個体を量産するのはちょっと難しいけど、おそらくできてしまう。

「殺してくれないのなら、僕は作業に入るよ」

 身を守るためには、怖いものをやっつけるしかない。僕はずっとそうやって生きてきたから、ミュウの気持ちがよくわかる。

 これで最後にしてほしい。全部跡形もなくなるくらいの災いが巻き起こればいいのに。

 そう思うのに、手が震えてうまく道具が握れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る