第24話 (ミュウ)

 私は石に念じて兄さんを呼び出すと、師匠の見張りを頼んだ。

「先に工房に行っててもらってます。師匠は、あなたの意見なら比較的聞くようですから、妙な真似をしないように見張っててください」

 兄さんは情けない顔で私の両肩を掴んで、哀願し始めた。

「頼むから、もうこんなことはやめてくれ。昔のかわいかったお前に戻ってくれ」

「かわいかった? 都合が良かったの間違いでしょう?」

 兄さんの言うかわいい私なんかどこにもいない。かわいいふりをしていただけで、私は最初からこういう人間だ。

「大丈夫だ。きっとやり直せるから。こんな怖いこと、もうやめよう」

「だから今、やり直すために頑張ってるんです」

 この人の言うことが概ね正しいのは知っている。この人の言う通りに世の中が回ればそれが最高率なのもわかっている。でも、私はそれに耐えられなかった。

「お前が帰ってきたら一緒にやりたかったことが、たくさんあるんだ」

「今度はなにに付き合わせるつもりだったんですか?」

「お前は心を病んでおかしくなってるんだ。少し、空気と景色のいいところで休もう。な?」

「私は正常です。大事な人が理不尽に傷つけられるのが嫌だっていうのは、健全な心ある人間だと思いますよ」

「なんでホムンクルスのためにお前がそこまでするんだ!」

 価値観の相違だ。絶対にこの溝は埋まらない。

「兄さん、ちょっと聞きたいんですけど」

 ムカムカする。いつだって多数派は横暴だ。

「殺人、自殺、盗み、暴行、他にも色々。禁じられていることがたくさんあります。なんでだと思いますか?」

「人の道から外れているからだ。正しくないことはするべきじゃない」

 模範的な回答だ。こういう人は楽そうでうらやましい。

「私は違うと思いますよ。禁止にしなきゃみんながやるに決まってるからです」

「なあ、なんでそんなひねくれたことを言うんだ。昔はもっと素直な子だったじゃないか」

「禁じられていないから、あの人たちはホムンクルスを殺しましたよ。人は、殺していい相手なら躊躇なく殺すんです」

 かわいそうな兄さん。世の中みんなが自分と同じように考えてくれると思ってる。

「私がホムンクルスの売買をやめて彼らに人権を認めて欲しいって言った時、兄さんがなんて言ったか覚えてますか?」

 どうせ覚えてないだろう。この人にとっては取り立てて記憶するほどのことでもない、当たり前のことだったんだから。

「石像に人権を認める彫刻家はいないって言ったんです。そんなことしたら商売上がったりだからって。そうですよね。あなたにとって、彼らは商売道具だったんですもんね」

「わかった! 謝る! 俺が悪かった!」

「もう遅いんですよ」

 兄さんは私の背中に腕を回して、しっかりと抱きしめた。昔、私が駄々をこねた時、兄さんはよくこうしてなだめてくれていた。

「復讐は無意味だぞ。お前が手を汚すことはない」

 かわいそうに。愛情を込めて接すれば、私がかわいい妹に戻るとまだ信じている。

「これは復讐じゃありません。駆除です。危険な生き物を叩き潰すことに理由がいりますか? 兄さんだって、家の近くにスズメバチが巣を作ったら取り除くでしょう?」

「お前にそんなことができるもんか。なあ、やめろよ。道半ばで捕らえられて、絞首台に送られるに決まってる。俺はかわいいお前に、そんな目にあって欲しくない」

「師匠はこっちに来てくれましたし、二号が一号を捕まえに行ってくれました」

「無理だ」

「できますよ」

 私は土の石に念じて、壁の岩を動かした。そこに、秘密兵器が隠してある。

 隠し部屋の中身を見て、兄さんは血相を変えた。

「いざとなったらこれを使います。見覚えがあるでしょう?」

「なっ……、零号?」

 兄さんは膝をついて、震えながら私を見上げた。

「石の力だけで動かすのはちょっと大変そうなので、必要になったら私の肉体と融合させて使おうと思います。」

「それだけはやめろ」

「ね? これならできそうでしょう? 危ないので、極力使いたくないんですけど」

「なんで俺を生き返らせた。恨み言を言うためか」

 とうとう反論する材料もなくなってきたらしい。

「違いますよ。師匠が寂しがると思って。あなたたち、仲良しだったでしょう?」

 あの人には、帰る場所がないらしい。唯一の友人である兄さんがこっち側にいるのだったら、協力してくれる公算が高いと踏んだ。

「あいつをここにつなぎとめるためか」

「ええ。わかってるなら愛想よくしててくださいね」

「頼むよ、もうやめてくれ。なあ、ミュウ」

「わがまま言わないでくださいよ」

 じゃあ、師匠の見張りをお願いしますね、とだけ言って、私は部屋を出た。

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