第23話 (二号)
オレは生まれた時、大きな瓶の中で溶液に浸っていた。
「君の仲間だ。仲良くするんだよ」
瓶の外には白いのと黒いのがいて、嬉しそうにこっちを見ていた。
特に黒い方は興味津々って顔でこっちを見ていて、しばらくぼさっとしていたかと思うと、うっすら微笑んでこっちに手を差し出した。
「よろしくな」
今思うとあれは、ホッとした顔だったんだと思う。あいつはずっと一人だった。
その時の顔が印象に残っているせいか、未だに一号が、みんなが言うような恐ろしいやつだとは思えない。
渓谷の底、一号を呼び出した場所に立って、待つ。
谷底を吹き抜ける風は力強く、日陰だというのに太陽の熱をはらんでいる。
少し時間をおいて、黒い鎧をまとった一号が谷の上から飛び降りてきた。見慣れた姿だ。先ほど見た武装していない姿は、なんだか違和感が強くて妙な気分だった。
さっきもそうだったけど、少し足元がふらついている。顔色も悪い。
「早かったじゃん。具合悪そうだけど?」
「ああ。俺はもう死ぬ。その前に、お前らを止める」
「はあ? 死ぬ? なんでだよ」
「俺にもわからない。最近体があちこち痛むし、フラフラする。ミュウは俺を戦力として味方にしたいらしいが、最後までは手伝ってやれない。最後までお前たちを守り通すのは無理だ」
イライラする。なんなんだ。舐めやがって。
「まあ、無理だよなあ。前の時もちゃんと守ってくれなかったし? 最初からお前にそこまで期待してないけど? それで? お前たちには無理だから怪我しないように引っ込んでろってこと?」
「そうだ」
「いやいや。嘘ついちゃダメだって。お友達でしょ? あの時、人間の女の子が一緒にいたよね? 赤毛の子はミライちゃんのお友達っぽかったし、目を閉じてた子とちっちゃい子かな? オレたちよりあの子たちが大事なんだってハッキリ言えよ」
「俺はお前たちもあいつらも大事にしたい」
「バカじゃないの? オレは今から、お前をボコボコにして引きずって連れて帰るつもりなんだぜ? ぬるいこと言ってんなよ。オレたちと一緒に来てもう戻らないか、オレをぶち殺してあの子たちのところへ帰るかだ」
一号が剣を抜いた。やる気らしい。さすがにもう腹は決まっているようだ。
「あいつらも守る。お前たちも危険なところへは行かせない」
「説得するつもり? 聞く耳持ってやる気はないけど」
「手足をへし折って二度と立てなくしてやる」
皮肉な話だ。こいつはオレを大事にしたいがために家畜として飼うつもりらしい。
「いいこと教えてやるよ。あの子たちを連れてどこかへ逃げればいい。オレは、お前のことなんかほっといてミュウちゃんを連れて逃げれば良かったって、後悔してるよ」
嫌味のつもりで言ったのに、一号は真顔で答えた。
「なんでそうしなかった。やれば良かっただろ」
「お前それマジで言ってる? 引くわー」
だいぶ前に諦めた。こいつはそういう奴だ。
だから、是が非でもぶっ倒さないといけない。もっと早く、誰かがこの怪物を止めるべきだった。
オレも銃を構える。普通に撃っても剣で弾かれるのはわかっている。手は打った。
引き金を引く。破裂音とともに手に衝撃が伝わる。だいぶ練習したから狙いはそこそこ正確だ。狙うのは、一号が立っている場所のちょっと上。崖の壁面の割れ目に、火薬が仕込んである。
着弾とともに爆発が起こり、崖が崩れて轟音とともに岩が落ちる。一号はその下敷きだ。やったかと思ったけど、岩の塊が不意に動いてこっちへ飛んで来た。ちょっと粗末な民家くらいの大きさはあるでっかい岩だけど、多分投げたんだろう。
「うおっ!」
慌ててかわして、瓦礫の山を注視する。飛んだ岩が地面に当たって砕けた。
「なるほど。地の利はお前にあるわけだ」
「うわー。ムカつく。超余裕じゃん」
悠々と、何事もなかったように一号は瓦礫の山から脱出して来た。
一号の足元を狙って撃つ。そこには、火薬の詰まった樽が埋めてある。再び爆発が起こり、地面が吹き飛ぶ。
土煙の向こうから苦しげな咳が聞こえた。クソが。ここまでやって咳き込む程度かよ。やってらんない。
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