第22話 (ミライ)
あわあわと気持ちばかりがはやって、開かないのはわかってるけどバシバシと檻を叩いてしまう。手が痛い。
「このー! 出せー!」
「落ち着けって。腕力じゃどうにもならねえ。なにか方法がないか考えるんだ」
「だって! レンが連れてかれちゃった!」
大きい声が嫌だったのか、シーチキンはとっとと檻の隙間からどこかへ行ってしまった。くそう、小さいってずるい。私もあれくらいの大きさに縮めないだろうか。
「なんか、あいつ様子がおかしかったけど、なんでかわかったか?」
「私が怖いんだって」
来ないで、って言われてしまった。
「お前が? なんでだよ」
「多分、私がレンのこと好きだからだと思う。恋をすると人はひどい事ができるようになる、って言ってた」
ジンが大きな溜息をついた。
「なるほど。あいつはあいつで色々あったわけだ」
「色々って?」
「色恋沙汰が嫌になるような目に遭ったんだろうよ。多分だけどな。それで、その時怖かったものとお前を重ねてるんだ」
「私はなにもしてないのに?」
「仕方ねえよ。例えばお前が熊に襲われたとして、前回の熊と違うやつだったとしても二匹目の熊には近づきたくないだろう?」
そういうもんなんだろうか。実感はわかないけど、ジンが言うならそうなんだろう。
「うん。そっか……」
レンにとって私は、恐ろしくて信用できない相手。そういうことらしい。
「で、お前はどうするか決まったのか?」
「どうって?」
「このまま一号の味方を継続するか、ミュウに寝返るかだよ。場合によってはここから脱走する必要はない。これ以上引き延ばすのは無理だ。今決めろ」
そうだった。レンのことで頭がいっぱいですっかり忘れていた。
頭をひねって考えてみるけど、どちらが正しいのかはわからない。
「私がどっちかについたからって、何か変わるかな? 私は一号みたいに強くないし、レンみたいに特技があるわけじゃないし、ミュウや二号みたいにやりたいことがあるわけじゃない」
「変わるさ。そうに決まってる」
「なんでそう言い切れるの?」
「味方がいるってのは勇気になるからだ。特別なことがなにもなくても、隣に誰かがいるってだけで、自分の存在を否定せずにいられる」
私は岩の床にどかっと腰を下ろして考え始める。ジンもその隣に座った。
「ジンは決めたの?」
「あたしはお前の味方だ」
「えっ、嬉しい! けどずるい!」
人がすごく悩んでいるっていうのに、そんな裏技みたいな決め方するなんて。嬉しいけど!
嬉しい気持ちと納得がいかない気持ちがないまぜになって、なんだか面白い顔になっちゃってるみたいだ。ジンが笑いを堪えている。
「ずるいってなにがだよ」
「なんかずるいよ! なんで?」
「あたしはお前とレン以外はどうでもいい。レンがあたしに手を出さないよう交渉してくれたみてえだし」
そこまで喋ってから、ジンはうーん、と難しい顔をした。
「いや、でも本当にホムンクルスの国に住むことになったら肩身が狭いかもな……。あたし、思いっきりミュウに弾丸ぶち込んだし。毒虫投げつけたし」
「こう……、もっとなにかないの? ミュウもレンも、違うもの同士は分かり合えないって言うよ?」
「あたしは人間だが、人間にひどい目に遭わされた。で、今はお前と仲良くやってる。二人の意見には賛成できないな」
だから、とジンは真っ直ぐにこっちを見る。
「お前の味方をしてやる。お前の望みがあたしの望みだ」
不安だった気持ちがスッと消えた。あわあわしていたのが嘘のように落ち着いてくる。
「ありがとう。元気出てきた」
「で、なにかやりたいことはあるか?」
「なになに? 脱走の相談でもしてんの? ダメだよ?」
格子の向こうから、陽気な声が聞こえた。二号だ。ゆっくりこっちへ歩いて来る。
「なんの用だ」
ジンがキッと目つきを鋭くして、檻の向こうを睨んでいる。
「いやいや、ちょっと世間話に来ただけだよ。オレが死んだ後で生まれた末っ子が気になってさ。一号の嫁として作られたってホント?」
「うん」
二号はわざとらしく顔をしかめて呟いた。
「うわー、かわいそ。あいつの嫁とか」
「二号は、なんでお兄ちゃんが嫌いなの?」
「別に嫌いじゃないよ。ムカつくだけ。むしろ好きの部類かな。好きだから、タコ殴りにして「俺の負け」って言わせたいの」
よくわからない。これがレンの言ってた、好きな人にひどいことをする、ってやつだろうか。
「二号はお兄ちゃんに恋してるの?」
まあ、違うだろうけど。ホムンクルスは恋をしないのが普通らしいし。
二号は私の質問に、食い気味に答える。
「うわあ、やめてやめて。マジやめて。オレはミュウちゃん一筋なの」
「えっ?」
この人はミュウが好き、そう言ったんだろうか、今。
「あなたはミュウに恋してるの?」
「そうだよー。あはは。コイバナするの初めてだ」
「私も好きな人いるの」
「へー! だれだれ? オレの知ってる人?」
「レンだよ」
「うわ、趣味ワル。一号の方がまだマシじゃない?」
「そんなことないもん!」
あれ? 楽しい。
変だな。この人は銃を持って街を壊した怖い人で、一号に敵意を向けてて、今私たちは牢屋に閉じ込められているのに。隣でジンが「なに和気藹々としてんだよ」と言わんばかりの呆れ顔でこっちを見ている。
「ハハッ、なんか嬉しいな。恋をするホムンクルスがオレ以外にいたなんて」
わかった。ジンの言った通りだ。気持ちをわかってもらえるのって、一人じゃないのって嬉しいのか。
レンは、私の気持ちを異常なものと思っていた。それで喧嘩した。
自分がおかしいわけじゃない、同じ感覚の人がいるって、すごく安心する。
「うん。私も嬉しい」
「でさー、二人は付き合ってんの?」
「ううん。振られちゃった」
「はー? マジないわー。なにあいつ。やっぱやめときなって」
「そっちこそ、恋人なの? 仲よさそうだけど」
「んー、どうかな。好き同士ではあると思うんだけど」
「だよね! 絶対ミュウも二号のこと好きだよ!」
「えー? そう見える? 照れちゃうなー」
ふふっ、と少し微笑んでから、二号は声を潜めて言った。
「これはミュウちゃんには内緒なんだけどさー」
「なになに?」
「オレさ、この後一号と一騎打ちするんだけど」
「えっ」
「一号に勝って、あの子のお願いを叶えてあげられたら、恋人になってください、って言おうと思うんだよね」
「そんな条件つけずに今言えばいいと思うけど」
「違うの。自分の気持ちの問題なの」
「なんで?」
「オレ、量産型で貧弱だからさ。オレはあの子にふさわしい、って自信がないとそんな大それたこと言えないよ」
「なるほど……?」
「そろそろあいつが来るだろうから、オレ行くね。ミライちゃんも頑張って」
二号は機嫌良さそうに、鼻歌を歌いながら去って行った。
「なんだったんだ今の」
ジンが、二号が去って行った方を見ながら呟いた。
「よし。私決めた!」
やりたいことが見つかった。
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