第19話 (レン)
幼少期の多くを、僕は牢の中で過ごした。
檻から出される時は、手足や首に枷をはめられた。
学院に駆け込んで解放されたと思っていたけど、そう簡単にはいかなかった。
ふとした拍子にいろんなことが脳裏によぎって、うまく息ができなくなってうずくまることが何度もあった。
しばらく平穏に暮らして、そういう発作が起こることも減ったけれど、あの日、ホムンクルスたちを襲いに来た人間の部隊を撤退させるように掛け合いに行って、僕は牢に叩き込まれた。
途端に頭の中が幼い頃に戻ってしまって、まともにものが考えられなくなった。シュウが助けに来るまで、僕は牢の中で震えていた。
檻に入れられると、いつも決まってひどいことをされた。痛いこと、苦しいこと、おぞましいことをたくさん。
鉄格子を見た途端に、その記憶で頭が埋め尽くされてしまった。
「レン!」
僕を呼ぶ声がする。大丈夫、この子は僕に危害を加えない。落ち着け。必死で自分に言い聞かせるけれど、冷や汗も走馬灯も止まってくれない。
「うぅ……」
「どうしたの? ゆっくり息をして。大丈夫だから」
背中を触る手の感触に、鳥肌が立つ。普通ならこれで落ち着けるのだろうけど、僕にとって人の体温は好ましいものではなかった。
「近づかないで!」
自分がなにを口走っているのかすら定かじゃない。
混濁した視界に、ミライの傷ついた顔が見えた。
「あ……、ごめん……」
「いいから。息を吸って。吐いて。それだけに集中して」
手足や首にまとわりつく鎖を引きちぎってしまえる力が、ずっと欲しかった。
だから一号にはできる限り強い力を与えたけれど、そのせいで彼を地獄へ叩き落としてしまった。
いくら力があってもダメらしい。一体なにがあったら、僕は自由になれるんだろうか。
「手、握っていい?」
少し考えてから僕は答えた。
「ごめん、よしてくれ」
今は、一刻も早く冷静さを取り戻さないと。僕がしっかりしないと。僕が二人を守らないと。
「怖いの?」
「うん」
「私がついてる。頼りないかもしれないけど」
「君が怖いんだ」
ミライが、不思議そうに首をかしげた。
「私、なにかしちゃった?」
「君が、僕のこと好きだって言うから」
ますますミライの首が傾いていく。そんなに不思議だろうか。
「僕のことを好きだって言う人は、いつも決まってひどいことをするんだ」
「しないよ! 絶対しない!」
「そう? なんで言い切れるの?」
「ひどいことしたいなんて、思ったことないもん」
「じゃあ、例えばの話をしようか」
息を吸って吐く。それだけのことにすごく体力を消費する。ゆっくり、言葉を選んで話す。
「僕とジンの命が同時に危なくなって、片方しか助けられなくなったら、どうする?」
ミライは真剣な顔でしばらく黙り込んでから答えた。
「どっちも助けたい」
「うん。いい子だ」
ふっ、と肩の力が抜けた。気が楽になって、少しだけ呼吸が楽になる。うちの母親みたいなことを言い出したらどうしようかと思った。
「そのままの君でいて欲しいから、恋なんて早く忘れてくれないかな」
「なんでそんなこと言うの?」
「人はね、恋をすると簡単にひどいことができるようになるんだ。僕のお母さんは、好きな人と一緒になるために僕を売り飛ばしたよ」
話していたら、少し落ち着いた。声を出すと呼吸器の動きが安定するのかもしれない。覚えておこう。
「そっちはどうだ。落ち着いたか」
どこへ行っていたのか、洞窟の奥からジンが歩いてきた。
「うん。どうだった?」
「当たり前といえば当たり前だが、出口なんかなかったぜ」
脱出方法を探しに行ってくれていたようだ。頼りになる子だ。
「ごめんよ。もう大丈夫」
「嘘つけ。顔色悪いぞ。じっとしてろ」
そうなのか。だいぶマシになったと思ったんだけど。
「大丈夫なのでしたら、来てもらえますか」
鉄格子の向こうから、ミュウの声が聞こえた。彼女は、薄暗い明かりの下にいつのまにか立っていた。
「僕にホムンクルスを作って欲しいんだね?」
「ええ。逆らうようであれば、その二人の安全は保証しません。って言ったら従ってくれますか?」
シュウの言う通り、かなり本気のようだ。
「そんなことしなくても逆らわないよ」
「それは良かった。今度こそ仲良くしましょうね」
鉄格子の戸が少しだけ開く。ミュウの目がじっとこっちを射すくめている。
「師匠はこちらへ。ミライとジンさんはこのままここにいて下さい。大丈夫。師匠が大人しくしててくれれば、なにもしません」
僕が鉄格子から外に出ると、ミュウは僕の手首に枷をつけた。再び冷や汗がふきだしてくる。
「抵抗しないから、これはやめてくれないかな」
「ああ、これでは作業がしづらいですね。工房に着いたら別のにします。首と足、どっちがいいですか?」
体は大きくなったけど、僕はあの頃となにも変わっていない。
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