第18話 (ミライ)

 どうしよう。どんどん話がおおごとになってる。

 一号の言うことは、正しいと思う。

 人間と仲良くなることは可能だ。ジンと友達になれたし、問題はいろいろあるけど、レンとも今まで仲良くやってきた。

 ミュウや二号の言うことは、怖いけどわからなくはない。

 星の国で、私は剣を突き立てられたり手足を切り落とされたり散々な目に遭った。ああいう人は、きっとそんなに珍しいわけじゃないんだろう。ひどいことをする人がたくさんいるのはいやだ。

 モヤモヤと考え事をしながら、街へ戻る。

 一号たちは学院へ戻った。寮の部屋に鎧を取りに行くらしい。

 ミュウはシュウさんがレンを迎えに行ってるって言ってた。もう接触しているだろうか。

「あっ! いた! おーい! レーン! ただいまー!」

 さっき私と別れた場所に、レンはまだいた。待っててくれたんだろうか。

 砂の混じった風が、町の中を吹き抜けて行く。

「ああ、おかえり。早かったね」

 その隣に、シュウさんがいる。ミュウの言った通りだ。

「久しぶりだねミライちゃん。元気そうでなによりだよ」

「こんにちはシュウさん。レンを迎えに来たの?」

「ああ。レンは一緒に来るらしいけど、君は?」

 一号の言った通りだ。レンはミュウに味方するらしい。

「まだ決めてないよ」

「じゃあ、ひとまず一緒においでよ。歓迎するからさ」

 一号は私にレンの説得を頼んだ。じゃあ、ついて行った方が、都合がいいだろうか。

「レンは、どうしてミュウに味方するの?」

「君たちの安全を確保するためだ。ミュウの言ったことを本当にできれば、君も一号も穏やかに暮らせる。君たちの仲間もたくさん作るよ」

 なるほど、だから一号は「レンが味方した方の勝ち」って言ったのか。一号は同族を殺せないから。

「一緒に行こう。そうすれば、怖いことはなにもないよ。一人っきりになってさみしい思いをすることもない。今、交渉が済んだところでね、人間皆殺しとは言ったけど、ジンとドラセーには手を出さないでくれるってさ」

「一人って、そんなにさみしいの? そこまでしてまで避けたいくらい、一人はダメなの?」

「そうだよ。寄り添ってくれる人が誰もいないって、本当に辛いんだ」

 私にはわからない。理屈として想像はできるけど、実感はまだない。私にはずっとレンがいたから。

「だからって、やりたくもないことをするの?」

「やりたくない? なんでそう思うんだい?」

「レンがそのつもりなんだったら、私は生まれてないはずだよ。もしそうなら、今頃一号みたいな強い人をたくさん作ってるはず」

「そうなんですか、師匠」

 ズズズ、と地面の砂が集まって盛り上がって、ミュウの姿が現れた。

「本当はやりたくないんですか?」

「そんなこと、僕は一言も言ってないだろう? ミライはまだ考え中らしいけど、僕は君の意見に賛成だ」

「そんなこと言って、隙を見て逃げるつもりなんじゃないですか?」

 足元の土が、不意に柔らかくなった。足がズブズブと埋まっていく。私同様、レンもジンも、シュウさんもみるみるうちに地面に飲み込まれて行く。

「うわっ!? なにこれ!」

「流砂です。逃がしませんよ」

「ミュウ! やめろ! 死んじまう!」

 シュウさんの制止の声を聞いて、ミュウは冷たい視線を投げかける。

「兄さんは黙って」

 流れる砂が私たちの体を飲み込む。もうお腹のあたりまで飲み込まれてしまった。地面に手をついて体を持ち上げようとしてみるけど、その腕すら飲み込まれてしまって身動きが取れなくなる。

 まずい。私はともかく、レンとジンは生き埋めになったら死んじゃう。

 どこからともなくシーチキンが飛んできて、ジンの頭の上にとまった。

「ヨウ」

 ビョンビョンと頭の上で飛び跳ねて、ジンを砂に押し込もうとしているみたいだ。

「てめえ! 覚えてろよ!」

 もう喉まで埋まった。乾いた砂があっちこっちから服の中に入り込んで来て、ザラザラする。鼻や喉に砂が張り付いて咳き込んでしまう。体にまとわりつく砂は重たくて、うまく身動きが取れない。

「このー! やめろー!」

「死にたくなかったら思い切り息を吸って、しばらく止めててください。ま、せいぜい頑張って」

 レンとジンが大きく息を吸った音が聞こえた。大丈夫なはずだけど、私もつられて息を吸う。

 つま先から頭まで丸ごと砂に飲み込まれてしまった。真っ暗でなにも見えない。ただ、蠢く砂に体がどこかへ運ばれているということだけを感じる。

 むやみやたらに手を伸ばしてもがく。怖い。このまま埋められて出られなくなったらどうしよう。どうせまともには動けないけど、思わず体が動く。

 ふっ、と足が軽くなった。砂の外へ出たんだ。そのままズルズルと重力に引っ張られて体が落ちて行く。

「うわあ!?」

 私は薄暗い洞窟の一室に落ちた。上を見上げると、パラパラと砂が落ちて来ている。私はあそこから落ちたようだ。

「はっ! レン!? ジン!?」

 二人は無事だろうか。洞窟の中を見回すけど、見当たらない。

「どこ!? 返事して!」

「ここだここ。どいてくれ」

「うーん、苦しい……」

「マヌケ!」

「……あっ、ごめん」

 二人は私の下敷きになっていた。慌てて二人の上から降りて一息つく。二人ともケホケホと咳き込んで入るけれど、大丈夫そうだ。なぜかシーチキンも一緒に来ていた。その気になれば逃げられただろうに、思ったより懐いてくれてるんだろうか。

「どこだここ……」

「そんなに遠くまで来た感じはないし、きっと学院の隠し部屋の一つだろうね。古い街だから、誰も把握してないような謎の空間がいっぱいあるんだ」

「なるほど。そこをミュウが見つけて根城にしてるってことか。結構住み着いて長いみたいだな」

「なんでそんなことわかるんだい?」

「だって、めちゃめちゃ設備整ってるだろ。見ろよ。壁についてるランプは埃かぶってないし、そこの鉄格子は最近はめられた新しいやつだ」

 ジンが指差した先には、いかつい鉄格子があった。ここは洞窟の袋小路のようで、別の場所へ行くにはその格子を開けなければいけない。慌ててドアらしき部分を押してみるけど、鍵がかかっているらしくびくともしなかった。狭くてぎゅうぎゅう、ってわけじゃないけど、出られないのは困る。

「うそ! どうしよう!?」

 見上げて、おや? と思った。レンの様子がおかしい。

 この薄暗い中でも一目でわかるくらい顔が青ざめている。すごい量の冷や汗が、額で玉になっている。

 軽く手を握ると、カタカタと小さく震えているのがわかった。

「レン? どうしたの?」

「いやだ……、やめて……、来ないで……」

 目が虚ろだ。ここじゃないどこかを見てる。

「レン!?」

 ギュッ、と握る手に力を込めると、すごい力で払いのけられてしまった。

「触らないで! いやだよ……、やめて……」

「どうしちゃったの?」

「なんだ? 狭いとこが怖いクチか?」

 私たちの声が聞こえてないみたいに無反応だ。ただ、見えないなにかに怯えて体を縮こまらせている。

「あたしは脱出する方法を探す。お前はレンの様子見てろ」

 立ちあがったジンに、私はうなずき返す。

 どうすればいいんだろう。辛そうだ。

「レン? 大丈夫だよ。落ち着いて」

 もう一度、手を掴んでみる。途端にレンの手がこわばった。

「ひっ」

「大丈夫。私だよ。ミライだよ」

「ミライ……?」

 一瞬、虚ろだった目が焦点を結んだ。やっとこっちを見てくれたと思ったのに、今度は蛇を見つけた猫のようにバッと飛びのいて逃げてしまう。

「来ないで!」

 拒絶された。

 私は行き場をなくした手を引っ込める。どうしよう。理由はわからないけど怖がられている。

 暗い牢屋の中に、レンの辛そうな呼吸がヒューヒューとこだましている。

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