第17話 (一号)

 街の外れの、外からの物資が届く門で、俺は担いでいたドラセーとクリーチャーを下ろした。

 夕暮れの荒野を乾いた風が吹き抜けていく。古びた門の石柱が、昼のうちに蓄えた太陽の熱をじんわりと放っている。

「うー」

「悪かったよ。びっくりさせちまったな」

「うぅ」

 雑に運ばれたのが気に入らないのか、クリーチャーは不満げな顔でこっちを見ている。

 最近、結構自己主張が激しくなってきた。

 死期が近いと悟った時、俺はまずクリーチャーに「一緒に死ぬか?」と聞いた。俺が守ってやらないと、こいつはひどい目にあうと思ったからだ。クリーチャーは「う!」と顔をしかめて首を横に振った。

 自我というやつがいつ芽生えるのかはわからないが、クリーチャーは言葉にできないだけで色々考えているのだろう。

「あんたバカだねえ。ぶっちゃけあっちについた方が幸せじゃね? あっちにはあんたの弟もいるし」

 呆れ顔でドラセーがため息をついた。弟、ってのは二号のことか。

「うるせえな。ダメだ。あんな極端な話には賛成できない」

 俺はもうすぐ死ぬ。戦いが起きたら、あいつらを最後まで守りきるのは無理だ。なんとか、あいつらが世の中全部敵に回すような展開は避けたい。

 それに、人間を皆殺しだっていうのなら、ドラセーだって例外ではないはずだ。それも避けたい。

「そんなに私が好き?」

「そうだ」

 ドラセーはなにがおかしいのかヒャーッと甲高い声で笑った。

「じゃあ二号君は? あの子は大事?」

「そうに決まってる」

 二号は、正直弱い。肉体の強度は普通の人間程度。前の戦いの時も真っ先に殺された。争いに首を突っ込めば、間違いなく無事では済まない。

「だから、次会ったら手足をもいで、二度と余計な真似ができないようにしてやる。生きてるうちにやっときゃよかった」

「うわー……。引くわー……」

 遠くから何かの声が聞こえたような気がした。なんとなく、背筋に嫌なものが走る。それはクリーチャーも同じらしく、ぎゅっとしがみついてくる。

「おーい」

「……なんだ、ミライか」

 こっちに向かって走ってくるミライとジンが見えた。肩の力が抜けたのもつかの間、その背後に明らかに自然のものではない砂嵐が迫っていて再び肝が冷える。

「お兄ちゃーん! ちょうどいいところに! 助けて!」

「なにやってんだ」

「ミュウから逃げてるの! あの砂嵐! めっちゃ怒ってる!」

「なにやったんだ」

「ひどい! 私悪くないのに!」

 相変わらず騒がしいやつだ。二人は背後に迫る砂嵐から必死に逃げているが、今にも追いつかれそうだ。

「うわ。ノームがお怒りだね」

「ノーム?」

「土の精霊。二号君がシルフの手を借りてたし、精霊に干渉する手段があるんだろうね」

「その精霊ってやつはどうすれば止まるんだ」

「止まらないよ。基本的に自然に勝つのは無理っしょ」

「つまり?」

「逃げるしかないね」

 俺は軽く舌打ちをすると、クリーチャーを肩車してドラセーを背中に背負った。それから走っているミライとジンのところへ飛んで行って、二人を両脇に抱えて走る。人数が増えると落とさないようにするのも大変だ。

「わーすごい! 力持ち!」

「黙ってろ! 舌を噛みたいのか!」

 のんきにケラケラ笑っているミライにつられてクリーチャーも笑い出した。緊張感ってものがまるでない。

 街の方へ逃げるのはまずい。まだ混乱の続く街にこんなものを引き連れて戻れば、大騒ぎになる。

「一号。一緒に行きましょうよ」

 砂嵐の中からミュウの声がする。懐かしい。昔、よく面倒を見てもらっていた。レンにも兄貴にもあんまり逆らわないからおとなしいやつなんだと思っていたが、どこかで振り切れてしまったようだ。

「断る!」

 足元で地面が割れた。迂回しようとしたが、砂に足を取られて割れ目の谷に滑り落ちてしまう。

「くそっ!」

 思い切り足に力を込めて、流れる砂から飛び上がる。割れ目の上へと飛び上がって着地して、また走る。今の所は速さでこちらに理があるが、止める手段がない以上体力が尽きればこっちの負けだ。

「一応聞くんだけどさー。ミライちゃんはどっちに味方する予定? お師匠さんがついた方?」

「……わからないの」

 ドラセーに問われて、ミライが顔を曇らせた。

 意外だ。ミュウに追われているってことは、人間皆殺しに異を唱えたもんだと思ったが。

「こんな大げさな話、すぐには決められないよ。まともに話したことある人間、レンとジンとあなただけだし。怖い人もいるのは知ってるけど、だからってやりすぎだと思う」

「多分、レンはあっち側につくぞ。ついていかなくていいのか」

「なんで? レンは人間じゃん」

「あいつはかなりの人嫌いだ。そうでなきゃ俺なんか作らない」

 強いヒーローがいたらいいなって思ったらしい。つまり、よっぽど他の人間に失望してたってことだ。こんな冗談みたいな神業にたどり着くほどに。正気じゃない。

「で、あいつはこう考えるはずだ。「ミライと一号が生きやすい世の中になったらいいな」って。俺はもう死ぬからあんまり関係ないかもしれねえが、お前はこの世界でこれから先も生きていくんだから」

 ミライが「えええ!」と素っ頓狂な声をあげて俺を見た。

「そんなこと頼んでない! もう! なんでそうなるの!」

「いや、俺に言われてもな……」

 ミライが怒鳴りながら俺の脇腹をべしべし叩く。正直痛くもかゆくもないが、暴れられると走りにくい。

「おい、じっとしてろ」

 どうしようか考えを巡らせていると、ジンが「もうちょっと左へ行ってくれ」と言った。

「こっちか?」

「もうちょい。そこの茶色い石のそばを通ってくれ」

 言われた通りの進路をとる。茶色い石のそばを通り過ぎる時、ジンは何かを拾い上げて砂嵐の方へ投げつけた。

「きゃっ!?」

 ミュウが弱々しい悲鳴をあげて、途端に砂嵐はやんでしまう。

「なにをしたんだ?」

「そこにいたデカイ虫を投げたんだ。女子供はああいうのが嫌いなんだよ」

 見ると、ちょうどさっきまで砂嵐が渦巻いていたあたりで大きなサソリがひっくり返っている。

「バカ、あれ毒虫だぞ」

 あれは人を殺せるほどの毒を持つから見かけても近寄るなと、ここへ来た時にどんな勉強よりも先に教えられた。

「げっ、そうなのか? あぶね。今更鳥肌出てきた」

「刺されてないな?」

「おう。問題ない」

 周囲を見渡す。なにもない。

 ひとまず、一息ついて両脇に抱えた二人を下ろす。ドラセーとクリーチャーも下ろそうとしたが「えー、おぶってよー」と降りてくれない。それを真似てか、クリーチャーも首にしがみついたまま離れない。

 俺は少し考えてから、ミライを呼んだ。

「おい、ミライ」

「うん? なに?」

「まだ決めてないなら、ひとまず俺に手を貸してくれ。腹が決まるまでの間だけでいい。あとで裏切っても別に構わねえ」

「いいよ。なにを手伝って欲しいの?」

「レンを説得してくれ。お前にしか無理だ」

 俺じゃあ、なにを言っても聞く耳を持ってもらえない。殺す以外の解決方法が思いつかない。

 でも、こいつなら。ミライなら、なんとかしてくれるような気がする。

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