第16話 (レン)
久しぶりに会う友人は、ひどく顔色が悪い。
「やあ。君もこっちに来てたのか。教えてくれればよかったのに」
「お前が言うなよ。いつも事務的な連絡しか入れないのはそっちだろ」
彼なら相談に乗ってくれるだろうか。いや、ダメだ。彼に言われるままにホムンクルス製造を進めていたばかりに、今こういう状況になっている。信用してないわけではないけど、彼の言うことを鵜呑みにするのは危険だ。
「ごめんな」
なんだか様子がおかしい。どうしたんだろう。普段はもっと口数が多いのに。
「なんで謝るんだよ。それより聞いてくれ。ミュウが近くにいるんだ。ずっと探してただろう? 会えるかもしれない」
「ああ、もう会ったよ」
表情がない。どうしたんだろう。
「ほんとにどうしたんだ? 嬉しくないのか? ずっと心配してたじゃないか」
「お前が心配なんだよ。どっちの味方をするんだ?」
会ったっていうのは本当らしい。ミュウから話を聞いたようだ。
「それがね、困ってるんだ。僕は波風立てずに穏やかに過ごしたいんだけど、ミュウはそれじゃあ納得してくれないみたいだ」
「そりゃあそうだろう。お前だって本当は、怒って当たり散らしてもいいんだぞ」
「そうかな。それはちょっと違うと思う」
「なんでだよ!」
「だって僕が悪いんだから」
シュウはやれやれと肩をすくめた。
「じゃあ聞き方を変えよう。ミュウと二号か、一号か、お前はどちらか片方の望みだけ叶えてやれる。どっちにするんだ。お前は何をやりたい?」
「僕はね、昔から自分のやりたいことなんてなかったよ」
僕の答えを聞くと、シュウは大げさにため息をついた。
「あーあ、イヤになっちまう。お前は神様も同然だ。全部お前の思いのまま。なのに、そんな力を持っておきながら、なんで使おうとしないんだ?」
「そんなこと言われても困るよ。僕はいつまで神様でいればいい? 僕は、人並みの平凡な生活が欲しかった。もう諦めたけどね」
できることならみんな幸せになって欲しい。シュウやミュウは、僕さえいなければそれなりに幸せな人生を送っただろうに、うっかり僕みたいなのと関わり合いになるから歯車が狂ってしまった。
「逃げるなよ」
シュウが怒っている。無理もない。
「逃げるつもりはないよ。でも、どうすればいいのかわからないんだ。みんなが怖い目に合わずに済むのが一番いいと思うんだけど、あちらを立てればこちらが立たない」
「じゃあ俺が決めてやるよ。昔みたいにさ」
シュウがポケットから銃を取り出して、こっちに向けた。
「ミュウに手を貸してやってくれ。あの子を助けられるのはお前しかいないんだ」
「随分強引だね」
「殺せばこっちの手駒にできるから、従わないようなら殺せって。頼む。できれば俺もお前を殺したくはない」
意外だ。シュウは、世間一般の人間がどう動くのか熟知していた。世の中を敵に回そうっていうミュウを止めないなんて、どうしたんだろう。
「らしくないな」
「ミュウは本気だからさ」
シュウは諦めたように、皮肉っぽく笑う。
「あの子、最初になにをしたと思う? 人類滅亡なんて大それた目標の第一歩に、なにをやったか教えてやろうか」
一歩、こっちに歩み寄って、銃口でしっかり僕の頭を狙う。
「俺を殺したんだ。その後父さんと母さんを殺して、それが済んだら組合のメンバーを片っ端から全員殺した。その後さらに、町の住人も皆殺しだ。あの町は今頃、猫やカラスが死体を漁るゴーストタウンになってる。いやあ、びっくりしたよ。いつまでもかわいい妹だと思ってたら、すっかり愛憎に狂った女になってた」
冷たい水でも浴びせられたように、鳥肌が立つ。
「そういうわけでさ、俺はミュウに逆らえない。死者は土の眷属だから。悪いな」
なにも言えない僕に、シュウは話を続ける。
「大丈夫だって。ミュウの言うホムンクルスの国では、誰もお前を迫害しない。唯一ホムンクルスを生み出せる母のような存在なんだから。母親を憎む奴なんかそうそういないだろ?」
「そうかな? その辺にいっぱいいると思うよ」
「一号もミライちゃんも、堂々と往来を歩ける。正体を隠す必要はない。それでいいじゃないか」
ミュウの言い分には僕も賛成だ。ホムンクルスが安全に生きていくためには、なんらかの対策が必要だろう。
「……そうだね。条件を一つ、つけさせてくれ」
「聞こうか」
「ミライには友達がいるんだ。一号にも。人間だけど、とても仲良しで……ちょうど学生だった頃の僕達みたいに。彼らに手を出さないって約束してくれる?」
「いいぜ。こっちに逆らったり危害を加えたりする気がないようなら、受け入れなくはない」
「わかった。君について行こう」
これでいい。
一号の残りの寿命は短いらしい。死ぬ前に安住の地にたどり着ければ、きっと嬉しいだろう。今は意見を違えているけど、きっとわかってくれる。
ミライの残りの人生はとてつもなく長い。その間、人間に怯えながら隠れ潜む必要がないのならどんなにいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます