第15話 (ミライ)
ミュウのところへは一人で行くつもりだったけど、ジンもついて来てくれてしまった。危ないかもしれないのに。
「ジンはレンのとこ帰ってよ。私一人で行くから」
「やだね。もしかしたらお前は帰ってこないかもしれない」
「そんなことないもん」
私はそう言ったけど、ジンは納得してくれない。
「なんでそんなこと言えるんだよ。あいつらは戦争を仕掛ける前準備に、お前と一号を味方に引き入れるつもりだ。ノコノコやってきたお前を帰すはずがない」
「じゃあなんで止めないの? 行くなって言うならわかるけど、なんで一緒に来てくれるの?」
「お前にとって必要なことだと思うからだ」
荒れた街から離れると、だんだん空気に溶けた火薬の匂いが薄くなってくる。代わりに、乾いた土と枯れ草と風に舞った砂の匂いが鼻をくすぐる。街から出ると、ここは本当に何もない。
「で、どうやって探すんだよ。あいつらの家とか知ってるわけ?」
「簡単だよ。あの人たちは私を探してるんだから、私はここです、ってわかりやすくしてれば向こうから来てくれる。ちょっとの間、大きい声でおしゃべりしてよう」
近くにちょうどいい石を見つけて私はそこに腰掛けた。ジンも隣に座って、こっちを見る。
「わかった。じゃあ聞くけど、なんでミュウ、だっけ。あの女に会いたいんだよ。自分とそっくりなやつが気になるのはわかるけどさ」
「レンのことが聞きたいな。私が生まれる前の知り合いみたいだし。レンってば全然昔のこと話してくれないじゃん?」
「まあ、そりゃあ話したくなくて当然だと思うけど」
ジンの頭からシーチキンが飛び立った。すぐそばの枯れかけの茂みに虫でも見つけたようで、しきりにくちばしを突っ込んでいる。
「それに、あの子はね、私のこと応援してくれたの。でも、私になにを頑張って欲しかったんだろう?」
私やみんなには無理だった。そう言ってた。
「お前が生まれる前に出てったってことは、お前が一号の嫁になるもんだと思ってたんだろ? 一号を一人にしないでほしい、とかそういうことじゃね?」
「だったら、自分の髪を入れる必要はないと思うの。私があの子に似てるの、多分あの髪のせいでしょ?」
「あー、じゃあレンへの嫌がらせじゃね?」
「嫌がらせ?」
「出てった女にそっくりな奴が近くにいるの、嫌だろ」
「そうかなあ」
レンから「君の顔が苦手」とか言われた覚えはない。むしろ、いつも「かわいいね」って言ってくれるけど。
面白いことを思いついた、というように、ジンがニヤッと笑った。
「そうじゃなければ、実はミュウはレンのこと好きだったとか」
「えええ! なんでそう思うの?」
「かわいさ余って憎さ百倍って言うだろ。それで、袂を別つと決めはしたけど後ろ髪を引かれるから、自分の分身をそばに置いたって可能性もある」
「うそー! 本当にー?」
「わかんねえよ。でも、そうだとしたらお前がレンのこと好きなのも納得だなって思ってさ」
「うん? なんで?」
私が首をかしげると、ジンは私の目をじっと見て答えた。
「だってほら、ホムンクルスは恋愛しないのが普通って、レンが言ってただろ。お前の一部になったミュウってやつがレンのこと好きだから、それがお前にも引き継がれた、とか?」
私は、思わず言葉を失う。
やっぱり私はレンのこと好きなわけじゃないんだろうか。いや、そんなことはないと思うんだけど。
「やめてください。不愉快です」
どこからともなく声がした。本当に来た。
ざあ、と小さな砂嵐が私たちの目の前に渦を巻いた。砂が全部落ちると、そこにはミュウが立っている。
「あんな人好きなわけないでしょう」
それを聞いて、少し安心した。やっぱり、私の考えは私のものだ。
「そう? 私は好きだけど」
「かわいそうに。すぐにあんなのよりいい人はいくらでもいるってわかりますよ」
びっくりするくらい冷めた声だ。自分にそっくりな人が、自分なら絶対に言わないことを言っている。変な気分だ。
「それで、私を探しに来たってことは、あなたは一号と違って大人しく私たちと来てくれるってことですか?」
「ううん。晩御飯までには帰ろうと思う」
「随分お気楽な子ですね。じゃあなにしに来たんですか」
「あなたとお話ししたくて」
「……あれに育てられてそんな平和な頭してられるの、奇跡だと思います」
「一号にも似たようなこと言われたよ」
すごい嫌悪感がこちらへ向けられているのを感じる。
「なんでそんなにレンのこと嫌いなの?」
「助けてくれなかったから、だと思いますよ」
「じゃあ、なんでレンのこと誘うの? 嫌いなら近寄らなきゃいいのに」
「あの人しかホムンクルスを作れないからです。私の目的のために、あの人の手を借りたい」
「目的っていうと、人間をみんな殺すってこと?」
「ええ。あなたたちが安心して暮らせる世の中にするには、そうするしかない。共存は無理です。仮に、人間を放置したままホムンクルスの国を作ったとしましょう。人間たちは絶対に攻め滅しにやってくる」
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
私の質問に、ミュウは眉を上げた。
「なんで、私に自分の髪を入れたの?」
「一言で説明するのは難しいですけど……」
少しの間首をひねって考えてから、ミュウはじっとこっちを見た。
「そうですね。おまじないというか、祈りというか。あなたにとってはいい迷惑でしょうけど。私達……、死んで行ったホムンクルスたちとは、違うところに行き着いて欲しかったんです」
いまいちピンとこずに首をかしげる私に、ミュウはうっすら笑いかける。
「あなたは、恋をしましたか?」
意外だ。怖い人だと思ったけど、こんな唐突に恋話を振ってくるなんて。
「うん。私はレンが好きだよ」
「あの男だけはやめなさい。悪いことは言わないから」
「なんで?」
「あなたも知ってるでしょう。本当にあれはロクでもない人ですよ。関わった者をみんな破滅に追いやる。ああ、思い出したらイライラしてきた。やっぱり殺してしまいましょうか」
チャッ、と金属の擦れる音がした。いつのまにか、ジンがミュウに銃を突きつけている。
「悪いけど、それじゃあたしは困るんだ。ノコノコ出て来たのが失敗だったな」
「ジン! なにをするの!」
私は慌てたけど、ジンはすごく落ち着いている。最初からこうするって決めてたみたいに。
パンッと火薬の爆ぜる音がした。ミュウの額に穴が空いている。
「ああ、あなたには銃をあげたんでしたね。ダメですよ、むやみに使っちゃ。危ないんですから。弾に限りもありますし」
ミュウは平気そうな顔をしている。ジンが驚いて後ずさった。
「なっ」
「これは砂で作った分身なので。本体は別の場所にいます」
サラサラとミュウの体が崩れて、風に溶けていく。
「あなたならわかるでしょう? 人は恐怖を感じる相手に対して、いくらでも残酷になるでしょう?」
冷たい声に、背筋が冷える。ジンが殺される、と反射的に思った。
「やめて!」
「なぜです? その子は今私を殺そうとしたんですよ。普通反撃するに決まってるでしょう」
砂が私たちにまとわりついてくる。鼻や喉がイガイガして、目を開けていられない。
「来てください。今、私の兄さんが師匠を迎えに行ってます。私たちのアジトで合流しましょう」
レンは、どうするんだろう。一号に人間の味方をするなって言ってた。違うもの同士は相入れない、っていうのがレンの言い分だ。
そして、相入れないから殺してしまおう、っていうのがミュウの言い分だ。
ともかく、このままだとジンが殺される。それはいやだ。
「イヤ! まだ明るいけど私帰るね! バイバイ!」
私はジンの手を引いて、街の方へ走り出す。
砂嵐が後を追いかけて来るけど、捕まるわけにはいかない。
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