第20話 (二号)
一号はとにかく強かった。他の仲間たちにも、なにか特技があった。
三号以降はオレをベースに作られてるから、みんなどこかしらオレに似ていた。そして必ず、どこか俺より優れているところがあった。
なにもなかったオレは、空気を読むことにした。強いてオレの特技を挙げるとすれば、後天的に身につけた会話術くらいだろうか。
相手にとって都合のいいことを言ってやれば、大体の人はオレを気に入ってくれる。オレのことを好きな人が増えると、色々とやりやすい。
ミュウちゃんとか、特に楽だった。明らかに寂しがっていたから、一緒に好きなことをしてあげればすごく喜んだ。
オレたちは人間とは違うんだなってことは、すぐにわかった。
街の人たちは、愛想よくしてればオレをかわいがる。人様の役に立つなら、いい気分にしてくれるなら、存在することを許してやろうって態度を、どんなに善良な人からでも感じた。喜ばない犬猫に餌付けをする奴はいない。
オレを買いたいって奴が現れた時は、しまった、ちょっと媚を売りすぎたと思った。どうやら息子を亡くしたようで、寂しがっている妹の話し相手が欲しかったそうだ。
シュウは売ろう、レンはダメだと議論が始まった。オレはどっちでもいいからさっさと決めてくれと思っていた。持ち主が誰であろうと大して変わりはない。
気がかりがあるとすれば、一号だった。
オレ以外に一号に話しかけるような奴は、滅多にいなかった。嫌われていたわけではないが、敬遠されていた。一号に話しかけるとか度胸あるな、と仲間に何度も言われた。
なんとなく、カチンと来た。別に怖くねーし。
それを証明しようと思って何度も喧嘩をふっかけたけど、オレは一回も勝てなくて、あいつが強いって話に尾ひれをつけただけだった。
オレがいなくなったら、あいつは本格的にぼっちだなって思って、最後にひと勝負して行くことにした。
当然のごとく負けて、オレは一度も一号に土をつけられないまま売りに出された。
同じ街の中とはいえ、持ち物が勝手に出歩くことを人間はよく思わないだろう。ここへはもう帰ってこないと思って工房を出た。
「この子の望まないことをさせないで下さい。必要以上に自由を奪ったり、傷つけたりしないで下さい。食事の量は人間と一緒です。充分に与えて下さい。体の構造は人間とほぼ同じなので、人間にとって有害なものは彼にとっても有害です。近づけないで下さい。以上を守ってくれないのでしたら、売れません」
オレの引き渡しの時、レンはやたらくどくどと引き取り手の一家に釘を刺していた。そこまでぶつくさ言わなくたっていいだろうとオレは辟易していた。
一家は快くレンの条件を承諾して、オレを迎え入れた。
まあ、それなりにうまくやってたと思う。オレの主な役割は娘のお守りだった。適当に言うこと聞いて機嫌とってやれば良かったし、オレはそういうのが得意だったから、特定の一人だけを相手にしてればいいぶん、むしろ今までより楽だった。
兄がいない寂しさを乗り越えると娘はオレに飽きたらしく、人間の友達と遊び始めた。別に、気にはならなかった。子供は大きくなったらおもちゃから卒業するものだ。
だからと言って家の中での立場が悪くなったかというとそうでもなく、家事や仕事を手伝って日々を過ごしていた。
ある日、なぜだか早く目が覚めた。人間たちはまだ眠っていて、抜け出してもバレないのはすぐにわかった。
あの子はまだ歌ってるだろうかと、ふと気になった。
そっと家を抜け出して、海岸へ向かった。気まぐれだった。娘に飽きられて少しは寂しかったのかもしれない。
オレは目を疑った。海岸で、ミュウちゃんは歌っていなかった。膝を抱えて朝日を見ながら、静かに泣いていた。いつもだったら、楽しく歌っていたはずだったのに。
まさかオレがいなくなったから泣いてるんだろうか。一瞬浮かんだ考えを慌てて打ち消した。オレのことなんか気にしてるわけがない。代わりはいくらでもいるんだから。
今、目の前に出て行ったら彼女は喜んでくれるだろうか。人の望むものはすぐにわかると自負していたけど、その自信は打ち砕かれた。
泣いている理由を確かめる勇気が出ないまま日が高くなり、ミュウちゃんは工房へ帰って行った。
オレは慌てて家へ戻ったが、ぼうっとしてしまってなにを言われても上の空で、みんなに不審がられてしまった。
「好きな人でもできたの?」
ニヤニヤしながら娘が聞いてきた。まさか、君が一番だよ、ってごまかした。
あの時、確かめに行けば良かった。そしたら、今とはなにかが違っていたかもしれない。
オレが行動を起こすのをためらっているうちに、オレたちは殺されることになった。
逃げてくれ。ここにいたら殺さないといけない。一家はそう言って、オレを家から追い出した。その頃には結構ホムンクルスが流通していて、近所には七号と八号と二十号が住んでいた。オレは三人を誘って街にいる奴らと合流しつつ工房へ帰ることにした。
何人かは間に合わなくて殺されていたが、オレたちは無事に帰り着いた。
「二号?」
俺を見つけたミュウちゃんは、目を丸くして驚いてからボロボロと泣き始めた。
「なんで泣いてるの?」
「また会えて嬉しいからです」
オレのために泣いてくれてる。もっと早く会いにくれば良かった。
頑張ったけど当然のようにオレは死んで、その後のことは知らない。
あの世っていうのは、寂しいところだった。
うっすらとしか覚えてないけど、そんな気がする。オレの他に仲間は来なかった。オレしか死ななかったんだと思っていた。
泣き声が聞こえた気がして、それに誘われるままにフラフラ漂っていると、気がついたら目の前にミュウちゃんがいた。彼女はまた泣いていた。
「なんで泣いてるの?」
「みんな死んじゃったからです」
ミュウちゃんは、オレを生き返らせるために結構やばい術に手を出した。道具同然とはいえ、命は命だ。世の理を捻じ曲げるには、それ相応の対価が必要らしい。
生き返ったオレのすぐ隣には、シュウの死体が転がっていた。
「なんでそこまでするの?」
「あなたが好きだから」
嬉しいけど、本気にしていいのかわからなかった。
女の子は人形遊びが好きなものだ。この子もそのうち飽きるかもしれない。
兄の命を対価に呼び戻したオレの体は、結構脆かった。油断するとポロポロと乾いた砂の山が崩れるように欠けていってしまう。
禁書を頼りに、ミュウちゃんはそれを止める方法を見つけ出した。
「人間の血を飲めばいいんですって」
ミュウちゃんは自分の血をオレに飲ませた。彼女の顔色は日に日に悪くなっていった。
「やめてよ。ミュウちゃんが死んじゃう」
「そうですね。このままじゃ共倒れです。明日街に行って誰か殺してきます」
止めなきゃいけないと思った。
「殺しちゃダメだよ」
「なんでですか。元気になって一号を探しに行きましょうよ」
他の仲間を生き返らせるのも、オレは止めた。人を殺したら、他の人間に怖がられてしまう。一号みたいに。
「このままあなたが崩れていくのを見てろっていうんですか」
「そうだよ。オレのためにそこまですることないじゃん」
山奥の洞窟で、オレたちは身を寄せ合っていた。話し合いが平行線を辿っていたある日、山歩きをしていた家族が道に迷って、オレたちの洞窟にやってきた。
一晩泊めて欲しいと言う一家を、ミュウちゃんは快く受け入れた。眠り薬を混ぜた飲み物を勧めて、全員を眠らせた。意図は一目瞭然だった。
「一人分あれば足りるでしょうか」
「ダメだよ」
「どうして?」
「例えば、この中から一人選んで殺したとするじゃん? 残った人は、君を殺そうとするよ。誰も殺さないか、全員殺すか、二つに一つだ」
「わかりました」
ミュウちゃんは全員殺した。
「最初からこうすればよかったんですね」
すごくスッキリと晴れ晴れとした顔だった。
観念するしかなかった。この子は本気だ。
今までのことを思い出しながら、銃の手入れと火薬の用意をする。鼻歌を歌いながらできる程度には、これらの扱いにも慣れて来た。
技術は偉大だ。発明は人を平等にする。オレみたいな非力なヤツでも、一号を傷つけるだけの力を得られる。
オレを唯一無二のものとして扱ってくれたのは、あの子だけ。いくらでも替えがきくはずの量産型の俺を、ここまで大事にしてくれるのだから、嬉しくないはずがない。オレの持ち主はミュウちゃんだ。彼女のことを考えている時だけ、オレは誰にも似ていない。
「どうしてもやるんですか?」
ミュウちゃんは、オレが一号と戦うことに反対だ。でも、駄々をこねて許してもらった。
「うん。オレ頑張るよ」
「無理はしないで」
「大丈夫だよ。ねえ、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「もしもオレが一号に勝って、オレたちの望んだ通りにホムンクルスの国ができたとしてさ、王様はオレじゃダメ? 一号には向いてないよ」
「どうしてですか? 彼は以前もあなたたちのリーダーでした。なにか不満でも?」
「じゃあ、例えばの話をしよっか。人間がみんな死んだら、オレは血が飲めなくなってあの世へ帰ることになる」
磨き終えた銃に弾を込める。マシンガンもバズーカもあいつには効かなかった。作戦を考えなきゃいけない。
「師匠に血を作ってもらうと説明したはずです」
「でもさ、作り物の血に効果があるかどうかはわからないよね」
あんまりよく知ってるわけじゃないけど、あの手の呪術には生命力とか魂とかが重要なんじゃないだろうか。全く同じ成分のものが完成したとしても、効かない可能性はそこそこ高い。
「では、師匠やジンさん、一号のお友達に交渉してみましょう。彼らには手を出さずに迎え入れる約束です。私も含めてこれだけ人数がいれば、少しずつもらえれば足りるはずです」
樽に火薬を詰める。いくつくらい必要だろう?
石の力を操れば風を操れる。これを使っていい具合に煽ってやれば、火を味方にできるはずだ。いくらあいつでも焼けば燃えるだろう。
「断られたら?」
「その場合は人間を何人か家畜として飼いましょう。仕方ありません」
「反撃されるよ。今オレたちがしようとしてるみたいに。大人しく虐げられてくれるとは思えない」
「手足をもいでしまえばいい。私は血が欲しいだけなので、それ以外はどうでもいい。効率よく収穫できるように加工しましょう」
「そこまでしなくても」
「しなきゃダメですよ。最初は嫌がられるでしょうけど、世のため人のためって説得すればわかってくれるでしょう。世間の人たちって、そういうものみたいですし」
ミュウちゃんはこともなげに、淡々と話を続ける。
「適当につがわせて子を産ませ、下の世代には教育を受けさせずにそれが普通の状態なんだって思わせてしまえば、反撃なんて思いつきもしないでしょう。生まれてすぐに手足をもいで舌を抜いて、なにも教えずに最初から家畜として育てれば、人も獣と大差ない。うーん、でも、動けないんじゃ交尾もできないでしょうから、私たちが人工的に手伝う必要がありますね」
わかってた。彼女なら、そこまでやってくれる。
「うん。でも、何が起こるかはわからない。きっと反撃を受ける時が来る。その時に一号が王様だったら、あいつはきっとやり返すのをためらうと思うんだ。その点オレなら容赦無くぶっ殺せるから向いてるよ」
ミュウちゃんは少し考えてから頷いた。
「わかりました。そうしましょう」
「やったね。俄然モチベ上がってきた」
「じゃあ、一号の処遇はどうするんです?」
「捕虜かな。二度と立ち上がれないくらいにまで痛めつけて、惨めな捕虜として連れて来る。二度と誰もあいつを恐れないくらいに、ボロボロにしてやる」
「そこまでしなくてもいいんですよ?」
「しなきゃダメなの」
決戦は近い。準備が整ったら、最後の喧嘩をふっかけに行こう。
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