第11話 (レン)
一号が去って行った後、僕はぼんやり街の方を見ていた。
シュウに一号を殺そうって言われた時、彼がみんなのために一人売られた幼い僕と重なって見えた。
でも、あの時一号を殺せなかったせいで、たくさんのホムンクルスと人間が死んだ。
結局僕は母と同じだ。自分の感情を優先させて、みんなに迷惑をかける。
あんな風にだけはなりたくなかったのに、鏡を見ればよく似た顔がそこにあるから、もう随分前のことなのに忘れることができない。
いつになったら終われるんだろう。
今手元にあるものをなるべく傷つけないように手放していって、全部なくなったら誰にも知られずひっそり死ぬ。そのつもりでいるのに、なかなか思うようにいってくれない。
「おっと、こんなところにいた。なにをたそがれているんだね。祭りへは行かなくていいのかい」
教授が僕の隣にやって来た。
「いいんですよ。子供だけで遊んでるようですし」
「子供の世話を奥さんに任せきりにしておくのは良くないと思うがね」
失言だった。ミライがまだ生まれて間もないことを知られてはいけない。
「君はあの後、なにか作ったのかね」
「作りませんよ。さすがに懲りました」
ミライを作った他には、彼女に錬金術を教えるためのお手本以外ではなにも作っていない。道具を手に取ると、一連のあれこれが頭によぎってしまって、少しの間固まった後やっぱりやめておく、ということが何度かあった。
「それは残念だ。君はとても優秀な錬金術師なのに。それこそ、賢者の石とか作れるだろう」
「ははは、さすがにそれは買いかぶりすぎですよ」
昔からこの人苦手なんだよなあ。あんまり長いこと話していると、嘘をつきとおせる気がしない。
「賢者の石といえばね、君が作ってた試作品があっただろう。四つ」
「ああ、ありましたね」
「あれね、便利だからしばらく授業で使ってたんだけど」
ないと思ったらそんなところにあったのか。
「人の私物で授業しないでください」
「いいじゃないか、すごく助かったよ。でもね、少し前にミュウ君が来て「急に必要になったから譲って欲しい」って言うからあげちゃったんだ。また使いたいから、作り方教えてもらえないかな」
「まあ、それは構いませんけど」
ミュウが? なんでだろう。僕のところを去った後、どうしていたんだろうか。
すごく怒ってた。彼女はホムンクルスたちをかわいがっていたから。彼女が僕を殺して行かなかったのは、作りかけのミライの身を案じてのことだ。製造途中で放り出されて世話をする者もない、なんて状態にしたくなかったんだろう。
ミライがミュウにそっくりなのは、もしかしたら彼女の怨念のせいかもしれない。ミライがニコニコ笑って隣にいてくれるから、なんだか許されたような気分になってしまうことがあるけど、そんなことあるもんか。
やりたいことがある、と言っていた。
なにをするつもりなんだろうか。無茶をしていなければいいけど。
「これから、どうするつもりなんだね」
教授が葉巻を吸い始めた。まだおしゃべりを続けるつもりらしい。この葉巻、煙いから苦手なんだけどなあ。
「どうもしませんよ。人目につかないように隠居でもしてます」
なにがおかしいのか、教授ははっはっはと笑い出した。
「これは傑作だ。君はもう余生でも過ごしてるつもりかね。私から見れば君もまだ子供同然だと言うのに」
「そんなこと言われても困りますよ」
「やることないなら、うちで教師として雇おうか」
「罪人に教鞭を取らせるのは流石にまずいでしょう」
「ははは、冗談だよ。君は昔から人にものを教えるのが苦手だったからね」
「あれ。そうでしたっけ」
「そうだよ。だって君、自分で色々作るのは得意だったけど、なんでそうなるのか誰にも説明できなかったじゃないか。君がなにをやってたのか体系化できたら、飛躍的に色々進歩したと思うんだけどなあ」
そういえばそうだったなあ。シュウがよく、「お前成績いいんだから教えてよ」とか言ってきたけど、何度説明してもわかってくれなかった。「うちの妹、才能あると思うからお前が教えてやってよ」ってシュウに紹介されたミュウのことも、ちゃんと面倒見てあげられなかったし。ミライが僕の話を楽しそうに聞いてくれるから、すっかり忘れていた。
「ミライは、僕に色々教えてもらうのが好きなんですって」
「へえ、それは奇特な人もいたもんだ」
そりゃあそうだ。彼女には僕しかいなかったんだから。選択肢が一つしかないから僕に懐いていただけだ。我ながら卑怯だと思う。あの子の頭の中身は僕が詰めたのだから、僕に好意的になるに決まってる。
「よほど君のことが好きなんだろうね」
「……やっぱりそう思います?」
げんなりしている僕の背中を、教授が軽く叩いた。
「ははは、のろけてくれるじゃないか」
そういうわけじゃないんだけど。
「おや? あれはなんだろう? あんな催し物、いつもはないんだけど」
教授が街の方を指差した。
もくもくと煙が立ち上っている。火事でもあったんだろうか。まずい。今、みんなが街にいる。
「私は消防団を呼びに行くけど、君はどうするかね」
「様子を見に行ってきます」
教授は学院の方へ走って行く。僕も、街へ急ぐ。
街の方から、学士の格好をした女性が逃げてきた。慌てた表情だ、と思った次の瞬間、乾いた破裂音とともにその額に穴が空いて血が吹き出し、女性はその場に倒れた。撃ち殺されたんだ。
「なっ!?」
「失礼、人払いをさせてもらいました。あなたにお話があるので」
振り返ると、いつのまにか女の子が立っている。
一瞬ミライかと思ったけど、違う。あの子はこんな冷たい声で話さない。
「……ミュウ。久しぶりだね」
「一緒に来てください、師匠」
「あのボヤ騒ぎは君の仕業かい?」
「ええ。二号に一号とミライを迎えに行くよう頼みました。お願いしたのはそれだけなので、必要以上の破壊はしないと思います」
「二号? 彼は生きているのか?」
僕がみんなを海に流したけれど、中には腐敗が進んで判別がつかなくなっている死体もあった。
「死にましたよ。間違いなく」
ミュウは淡々と話を続ける。
「あなた、やっぱり腕だけはいいんですね。まさか本当に成功するとは思いませんでした」
「なんの話だい?」
「あなたが作った四つの石の一つ、土の石を使いました。土の要素を凝縮した石は、大地を操る力を持ちます」
ミュウは、纏っていたマントを少し持ち上げて、腰に巻いたベルトを僕に見せた。ベルトには黒い石が一つ固定されている。僕が作った土の石で間違いない。
「土に帰ったものには、この石の力が及ぶんです。私はこの力を使って人間を滅ぼそうと思います」
「なんだって」
随分と思い切りのいいことを言うじゃないか。
「あなたにとっても悪い話じゃないと思いますよ。人間をみんな殺して、ホムンクルスが安心して生きていける世の中にするんです。そこでなら、あなたは好きなだけホムンクルスを作っていい。異端扱いされることもありません」
ミュウは僕に向かって手を差し出した。
「私ね、ホムンクルスたちを愛してるんです。あの子たちのためならなんでもしますよ」
この子もか。こみ上げてくる吐き気を飲み下して、努めて冷静に答える。
「やめといた方がいいと思うよ」
「なんでですか? みんなやってるのに、なんで私だけダメなんですか?」
目が、おかしい。
不自然に大きく開いて、瞬きの数がなんだか少ない。
「みんなやってる?」
「怖いからって理由で、あの人たちはホムンクルスを殺しましたよ。私は、そういうことを平気でする人間が怖い。あの人たちはひどいことをする」
僕はゆっくり、首を横に振った。
「やっても無駄だよ。人間ってやつは、殺しても殺しても減らないんだ」
「わかるんですか?」
「うん。やったことあるから。シュウに会うまで、僕は目につく人を片っ端から殺してた。怖かったから。でも、なにも解決しなかったよ」
「できるまでやります。協力してください。嫌とは言わせません」
「君は、本当にホムンクルスたちのために行動するつもりなんだね?」
「もちろんです」
僕には、あの子達を生み出した責任がある。揉めるんだったら味方する気でいるけど、だからと言って災厄の種になろうとしているのを放っておくのは違う気がする。
一号には、誰かを助けられる強い人になって欲しくて、二号以降は誰かに寄り添える良き隣人になって欲しくて作ったはずだった。
災いを呼ぶために作ったわけじゃないのに、どんどん僕の手を離れて独り歩きして行ってしまう。
「あの爆発は?」
「さあ。多分二号だと思いますけど。火薬の武器を持たせましたから」
どぉん、と大きな爆発音が聞こえてた。
「悪いけど、話は後だ。僕は様子を見に行く」
「やめておいた方がいいですよ。二号が一号とミライを連れ出したら、この街は砂の下に埋めるつもりなので」
「冗談じゃない」
僕は大慌てで街に向かって駆け出した。影のように、ミュウもその後をついてくる。
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