第12話 (ジン)

 ぞっ、と鳥肌がたった。

 二号と名乗ったその男は、腰のベルトにつけていた銃を抜いた。そしてその銃をクルクルと弄んで、ヘラヘラ笑いながら話を続ける。笑顔とは裏腹に、激しい殺意が滲み出している。

「今まで大変だっただろ? もう大丈夫だ」

 あたしは、腰に下げている剣の柄に手を置いた。

 それから、星の国で押し付けられた銃の位置を確認した。ズボンのポケットに突っ込んでいるそれは、あれ以来使うこともなくそこに入れっぱなしになっている。

 こいつは、暴力を使うことにためらいがない。そういう気配がする。どういうつもりか知らないが、気に入らないものがあれば躊躇なくあの銃をぶっ放すに違いない。あれはそういう目だ。

 隣の席に座っているミライが、二号からあたしを隠すようにさりげなく姿勢を変えた。人間を皆殺しにする、って聞いて心配してくれてるんだろう。

「お前以外は死んだって聞いたけど、ホント?」

「そうだ」

「今はなにしてんの? 見たとこ、ここの学院の学生みたいだけど」

「錬金術の勉強をしてる。お前たちを作り直したい」

「へえ。代わりがいればもうオレたちがいなくても大丈夫ってか」

 随分、言葉が刺々しい。なんだ? 一号の仲間なんじゃないのか?

「そういうわけじゃ」

「そうだろうが。人間なんかとつるんじゃってさあ? なにされたか忘れたわけ?」

「こいつらは大丈夫だ」

「ふーん。仲良くやってんだ。いつまで持つかな」

「なんでそんなこと言うんだ。お前が一番人間とうまくやってたじゃないか」

 空気がどんどん緊迫していく。今すぐここから逃げ出したい。

 とにかくさぁ、と二号は一号の方へ向かっていく。

「一緒に来いよ。悪い話じゃないはずだ」

 一号は少し黙って考えてから、首を横に振った。

「ダメだ」

「なんだよ。なにが不満なんだ?」

「人間とは分かり合える。殺し合いをする気はない」

「オレたちの仕返し、してくれないの? オレたちをひどい目に合わせた奴らに地獄を見せてやろうって、思ってくれないの? お前にはその力があるのに」

「やらない。俺はお前みたいになりたい」

 それを聞いた二号は、大きな声で笑い始めた。

「アッハッハ! ウケる! お前ほんとバカだなあ!」

「なにがおかしいんだ」

「人間様にかわいがってもらうコツはさあ、「オレは無害でかわいい家畜です」って顔しとくことだぜ? お前に同じことができるとは思えないね」

 ひとしきり笑うと、二号はこっちに銃口を向けた。ギラッ、と鉄の筒が光って、肝が冷える。

「なにをする気だ?」

 一号が不思議そうに聞いた。

「ああ、銃を知らないのか。これは武器だ。離れたところの生き物を殺すことができる。便利だろ」

 パンッ、と破裂音がして、木のテーブルの端が砕けた。弾が当たったんだ。火薬の匂いが店内に満ちる。大きな音に驚いたのか、クリーチャーが泣き始めた。

 大きな音を聞きつけて、店主が店の奥から顔を出した。即座に二号はそっちに発砲して、店主がばったりと倒れる。遅れて、床に血が流れ出す。

「次の弾の行き先は、お前の態度次第だ」

 まずいまずい。どうする。隙を見て逃げたいが、目の見えないドラセーを連れて逃げるのはちょっと現実的じゃない。

「やめろ。それを下ろせ」

「ミライちゃんはどう思う? 一号はこの通りヘタレてるけど」

 二号に話を振られて、ミライは即座に答えた。

「ひどいことしないで。私の友達なの」

「なるほど。君はあの頃まだ生まれてなかったし、人間に恨みもないもんね」

 こいつ、ミライのことを知ってる。ミライは二号が死んだ後で生まれたはず。ということは、二号にミライのことを教えた協力者がいる。学院に残ってるレンも今頃危険な目にあってるかもしれない。

 やれやれと肩をすくめて、二号は銃口を一号の方へ向けた。

「じゃあこうしよう。オレと勝負しろ。オレが勝ったら、二人には一緒に来てもらう」

「……わかった。前みたいに、先に背中が地面に着いた方が負けでいいな?」

「マジムカつく。お前どうせまた自分が勝つと思ってんだろ」

 なんだこいつら。仲悪いのか? ともかく、二人が喧嘩しててくれるってんなら好都合だ。二号の注意がそれた隙を見て逃げよう。

 二号が、首から下げた緑の石を左手で握った。すると、室内だというのに周囲に強風が渦巻き始めて、椅子やテーブルが飛び、壁に穴が開く。砂埃が肌にピシピシ当たって痛い。

「オレさあ、心残りがあったんだよ。お前をボッコボコにする前に死ぬのが悲しくてさぁ……。だから今度は手段選ばずに思いっきりやろうと思うんだ」

 なんだこの風。目を開けていられない。あたしはミライに「伏せろ」って声をかけてから、ドラセーとクリーチャーの隣へ這って行った。地面の近くなら、飛んでくるものも少ない。あたしたちの頭上を、木片やらコップやらなんやらが飛び交っている。

「伏せろ。今、一号と二号が喧嘩してるから、隙を見て逃げよう。手を握るから、あたしが引っ張ったら着いて来てくれ」

「なにこれ。シルフが騒ぎまくってっけど」

「シルフ?」

「風の精霊だよ。あのお兄さん、首から何か下げてるっしょ? あれを中心に、シルフがテンションぶち上がりになってる」

 なんだかよくわからんが、あいつは緑の石を使って目に見えない不思議な力を操っているらしい。

 強いって聞いてるけど、一号は大丈夫だろうか。二号は銃を持ってる上に、石を使えば風を起こせるらしい。対して一号は全くの丸腰だ。海で出くわした時には持ってた剣も今はない。

 二号はミライと一号をどこかへさらって行くつもりらしい。それを阻止しつつ、あたしたちも生き延びるには、一号に勝ってもらうしかない。

 薄目を開けて、二人の様子をうかがう。砂埃の向こうから、何発も銃声が聞こえる。どうやら二号が優勢らしい。一号は逃げるばかりで、反撃に転ずる様子を見せない。

「どうした! 逃げんな! 来いよ! なめてんのか! 殴ったら死ぬと思ってんだろ!」

 二号が地面を蹴って飛んだ。追い風が二号の体を運んで、すごい速度が出る。二号は一号の肩を掴んで、壁に叩きつけた。

「ぐっ」

「手ぇ抜きやがって! ふざけんな! オレを侮るのも大概にしろよ!」

 反論しようとしたのか、一号が口を開く。二号はそこに銃を突っ込んだ。

「ほら。オレがちょっと指を動かせばお前の頭は吹っ飛ぶんだぞ。もっと殺す気で来いよ! なあ! おい!」

 荒っぽく怒鳴っている声が砂埃の向こうから聞こえる。

 今ならいけるか。二号の意識は完全に一号に向いている。そう思ったのに、あたしが銃を取り出そうとした瞬間に二号は「動かないでね」とこっちを向いた。くそ、気づかれた。

「やっぱりあいつら殺しちゃおっかな。そしたらお前が人間に味方する理由もなくなる」

 その瞬間、一号の顔色が変わった。

 ガリッ、と嫌な音がした後、一号が何か吐き出した。鉄の塊だ。それが口に突っ込まれていた銃の先端だと遅れて気づく。

「うわー。食いちぎったの? 鉄だよコレ。相変わらず馬鹿力だね」

「いい加減にしろよ。真っ先に死んだ雑魚のくせに」

 一号の手が二号の手首を掴んだ。よほど強い力で締め上げているのだろう。食いちぎられた銃が二号の手から落ちた。ぼきぼきと嫌な音がする。腕の骨が折れている音だろう。

「俺を残して死んだくせに。でかい口叩いてんじゃねえよ」

 瞳孔が開いている。傍目に見ても、ブチギレしているのが一目でわかる。

 ドゴッ、と一号が二号のスネを蹴っ飛ばした。二号が悲鳴をあげてうずくまる。足があり得ない方向へ曲がっていた。

「その足じゃもう戦えねえはずだ。降参するか?」

 うずくまった二号の前に一号がしゃがんで、顔を覗き込む。二号は一号の顔に唾を吐きかけた。

「だから、なめんなって言ってんだよ!」

 二号の手が緑の石を強く握った。つむじ風が巻き起こり、二号の体が浮き上がる。

「飛んだ!?」

 二号が空を飛びながら、肩に担いでいた二つの筒のうちの片方を一号に向けて構えた。パパパ、と短く連続して破裂音がする。一号の周囲にあるものにビシビシと穴が空いた。慌てて身をかわしたから致命傷は免れたが、一号はあっちこっちから血を流している。

 まさかあれも銃か? でかいし、弾の数が段違いだ。

「くそ。おい、お前! その剣貸してくれ!」

 あたしは腰に下げてた剣を、慌てて一号に投げて渡した。一号は即座にそれを抜くと、ブンブン振り回し始めた。何をしているのかと思ったら、無数に飛んでくる弾をはたき落としているらしい。パラパラと一号の足元に切られた弾が落ちる。

「なんだこの剣。軽すぎだろ」

「貸してやってんだから文句言うなよ」

 ちっ、と二号が忌々しげに舌打ちをした。連射する銃を担ぎ直し、今度はもう片方の筒を構える。

「これでどうだ!」

 銃口がでかい。発射すると、二号も反動で後ろの方へ飛んで行った。さすがにこれは弾けないと判断したのか、一号は飛んできたどでかい弾を避けた。弾が当たった場所がド派手に爆発して、黒い煙が上がる。

 街が破壊されている。住人たちが悲鳴をあげて、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。

 助走をつけて、一号が飛んだ。二号がいる高さは、森の木々よりはるかに高い。そこにたどり着く前に、一号は銃弾で撃ち落とされてしまう。

「くそ、届かねえ」

 上を見上げる。岩山をくりぬいて作った建物から、人々が二号を指差して「なんだあれは」と叫んでいる。

「ん?」

 その中に、なにやら見慣れた顔があった。ミライだ。いつのまに。二号が飛んでいる位置のすぐそばの窓から、ミライはこっちを見ていた。あたしと目があう。ミライは口元に人差し指を当てた。静かにしてろってことか。

 ミライはおもむろに窓から身を乗り出して、えいやっと飛んだ。思いもよらないところから飛びかかられて、二号は驚きの声を上げる。

「うわっ!? ちょっと! なにすんの! 今一号と喧嘩してんだから邪魔しないでよ!」

「私も混ぜてよ!」

 ミライは二号の背中にしがみついて、二人は真っ逆さまに落ちてきた。

 慌てて駆け寄ると、二人は地面に叩きつけられて呻いていた。仰向けに倒れている二号の上に、ミライが座っている。案外平気そうだ。

「おい! ミライ! 大丈夫か!?」

「いててて。背中が地面に着いた方が負けだったよね?」

 ミライはこっちの気も知らずに得意げに胸を張っている。二号は納得いかなさそうな顔でむくれている。

「ずるくない!?」

「ずるくないもん! この勝負、一号と私の身柄をかけてるんでしょ? だったら私もいれてよ!」

「そりゃそうだけどさあ……」

 二号が見ている方に目をやると、レンがこっちに走ってくるところだった。爆発を見てやって来たようだ。もう一人、傍に女がいる。星の国で出くわした、ミライに似てる女だ。

「おーい! 大丈夫?」

「あっ! レン! 大丈夫だよ!」

 ミライがぴょんと立ち上がってレンの方へ駆け寄って行く。でも途中で、隣の女の存在に気づいて足を止めた。

「あれ? ……私?」

 女は、二号が倒れているのに気がつくと顔色を変えた。青い顔で走りよってすがりつく。

「二号!? どうしたの?」

「ごめん。ヘマしちゃった」

 住人の一人が「危ないぞ!」と叫んだ。

「お嬢ちゃん! そいつがこれをやったんだ! 近づくな!」

「心配には及びませんよ」

 ミュウは、即座に銃を抜いてその住人を撃ち殺した。

「帰りましょう。頑張ったのね」

 ボコボコと土が盛り上がり、土がかまくらのように二人を包んでいく。

「ミュウ! 待ちなさい!」

 レンが叫んだ。女はこっちに一瞥くれると、ひどく冷たい声で言った。

「また来ます。返事はその時に」

 二人を飲み込むと、土はまた何事もなかったように、平らな地面に戻る。

 危機が去ったのがわかって、ふっと体から力が抜けた。

 怖かった。生きているのが奇跡だと思う。

 気が抜けると、周囲の光景が押し寄せてくる。

 空は煙で覆われ、建物はひび割れて壁に穴が空き、人々は恐怖心で冷静さを失っている。何人かは一号と二号が戦っていたところを目撃していたらしく、こっちを指差してヒソヒソと話したり、チラチラと盗み見たりしている。

「おい、ここはまずい。離れよう」

 あたしが言うと、ミライは不思議そうな顔をした。

「どうして?」

「今の騒動を見てたやつがたくさんいる。すぐに「巻き添えにしやがって、この疫病神」ってこっちに石を投げて来るぞ」

 あの女はまた来るって言った。ひとまず退いてくれたが、これで終わりではない。

 街を抜けて、学院の方へ戻る。人気のないところまで来ると、一号が立ち止まって口を開いた。

「おい。ミュウはお前のところに姿を見せたのか」

 レンの方を睨みつけている。

「うん。ホムンクルスにとって住みよい世の中にしたいから、協力しろってさ」

「俺も二号にそう言われた。お前はどうするつもりだ」

「僕はホムンクルスの味方をする。以前、約束しただろう」

「俺は人間の味方をする」

 レンは目を見開いて一号を凝視した。

「……嘘だろ?」

「本当だ。お前はどっちにつく? 俺か、あいつら。この勝負は、はっきり言ってお前が手を貸した方の勝ちだ」

 欲を言えば、レンには一号の味方をして欲しい。

 色々事情があるだろうが、そうじゃないとあたしはミライと一緒にいられない。

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