第10話 (一号)

 生まれたばかりの頃は「ホムンクルス」が俺の名だった。人造人間は俺しかいなかったから。

 二号が生まれた時から、俺は「一号」になった。

 初めて会った時はまだ瓶の中にいた。その頃、学院から引っ越して海の街の工房に移った。港が近い方が珍しい材料が手に入るし、せっかくすごい発明をしたんだから人里に降りて発表しよう、とシュウが言い出して、レンも賛成したからだ。

 レンは瓶の前に俺を連れてきて「君の仲間だ」と紹介した。

「今、ホムンクルスは君一人しかいないけど、他にも作ることにしたんだ。新技術で作るものは、量産できるようになって初めて完成だ、ってのがシュウの言い分でね。君は、みんなのリーダーだ。みんなを守ってあげるんだよ」

 それだけ言うと、レンは作業に戻った。

 どうやら仲間というのは俺と同じ生き物、という意味らしかった。それまでは一人きりが当たり前だったが、近しい存在がいるというのは、なんだか心地よかった。

「お前、名前なんて言うんだ? オレ、二号」

 喋れるようになった頃、二号は俺にそう聞いた。

「お前が二号なんだから、一号に決まってるだろ」

「ふーん。街の奴らは俺のこと「にー坊」とか「にぃちゃん」とか呼ぶぜ? お前はそういうの、ないのか?」

 二号は、人間と仲良くなるのがうまかった。

 俺はよくレンの実験台にされてたせいであまり工房から出なかったが、二号は比較的ほったらかしだったので好きにぶらついていたらしい。

 俺がバケモノでさえなければ、あいつは今もそれなりに人間と仲良くやっていただろうに。

 俺がレンに剣を与えられて剣術の練習を始めると、どこから手に入れたのか二号も剣を持って現れた。

「オレもやる」

 弓を与えられた時も、そうだった。

「オレも」

 武器を持たずにやる格闘術の練習を始めた時も、二号はやって来た。

「オレも」

 その度に俺に勝負を挑んでは、負けていた。

 単純な筋力の差が大きかった。どの競技でも俺が勝った。いつしかムキになっていたのか、ことあるごとに喧嘩を売ってくるようになっていた。

 なんでか知らないが、二号はよく俺にキレた。そんなに嫌いなら俺に構うなと思ったが、毎日のように喧嘩をふっかけに来た。やたら俺の後をついてくる奴だった。

「オレが勝ったら、一個言うこと聞いてもらうから」

 ある時、二号が言った。

「別に勝たなくても聞いてやるけど」

「は? ムカつく。お前のそういうとこホントない」

 俺が勝った。

 その日から二号は姿を消して、俺の前に姿を見せなくなった。

 人間たちの間で、バケモノを殺せって声が大きくなっていった。

「一号を処分しよう」

「なんでそんなこと言うんだ」

 ホムンクルスの製造が禁止された日、工房でレンとシュウが揉めているところへ、偶然通りかかった。

「一号は強くなりすぎた。このままだとお前は身を滅ぼすぞ」

「嫌だ」

「みんなが怖がってるのは一号だけだ。このまま全員殺されるか、危険視されてる一号だけ殺して他を助けるかだ」

 その頃には、仲間のホムンクルスは百人近く数を増やしていた。

 俺を殺せばみんなが助かるなら、それでいいと思った。俺はみんなを守らなければいけない。

 俺が工房へ入ると、二人は目を丸くした。

「やれよ」

 背中に背負っていた剣を、レンの方へ放り捨てた。

「嫌だよ。やらない」

「なんでだよ。みんなを助けるためだ」

「みんなの都合で一人を売るようなことはしたくないんだ」

「じゃあお前がやれ」

 俺がシュウの方に目線を向けると、シュウは震える手で剣を拾い上げた。

 そこへ二号が入って来て、俺とレンとシュウを一発ずつぶん殴って、シュウの手から剣をひったくった。

「そんなの納得できるか!」

 二号は俺の手首をひっつかんで、工房から走って逃げた。

「なにおとなしく死のうとしてんだよ! ぶん殴ってやれよあんな奴ら!」

「俺が殴ったら死ぬだろ」

「バカか? なんなのお前。お前のそういうとこホント嫌い!」

 その後すぐ、人間の軍隊が工房を襲いに来た。

 全員ぶっ殺す自信はあった。でも、圧倒的な数の差に押されていたところへ、助太刀のつもりなのか二号もやって来た。

「オレもやる」

 やめろって言ったのに。

 だから、これは絶対におかしい。

 クリーチャーとドラセーを探して嫌々ながら祭りに出て、ようやく女子一行を発見したのは、街の外れの食堂だった。一人増えていた。

 小麦色の髪の男が、一向に混ざって仲良さげに話している。

「あっ、お兄ちゃん!」

 ミライがこっちに気づいて手をふった。もう少し様子を見るつもりだったが、仕方ない。

「お前……、二号か?」

「久しぶり。探したんだぜ?」

 見間違いかと思ったが、どうやら本人らしい。死人にしては顔色がいい。

「生きてたのか」

 嬉しかった。なのに、二号はヘラヘラ笑いながらそれを否定する。

「そんなわけないじゃん。死んだよ。お前が看取ってくれただろ?」

 確かにそうだ。でも、今目の前でこいつは動いて喋っている。

「これが来世ってやつか?」

 小声でドラセーに聞いてみる。

「んなわけないじゃん。バカ」

 聞こえていたらしく、本人から否定が入った。

「オレたち、鍋から生まれた土人形だろ? 動いて喋ってるけどさぁ、ただの物だ。死んだら土に帰って、それで終わり。生まれ変わりも来世もあるもんか」

「うん? どういうこと?」

 ミライが不思議そうに首を傾げている。

「この人、お兄ちゃんの仲間でしょう?」

「そうだ。でも死んだはずなんだ」

「生きてたんだよ。よかったじゃん」

「いや。死んだ」

 こいつの体が腐ってハエにたかられているところを、確かに見た。

「なんだよ。せっかく会いに来たのに喜んでくれないのか?」

「どういうことか説明してくれ」

 素直に再会を喜びたいのに。嫌な予感がする。

「お前を迎えに来たんだよ。人間全員ぶっ殺してさあ、ホムンクルスが安心して暮らせる国を作ろうぜ。王様はお前以外ありえないだろ?」

 なんてこった。悪い冗談だと言ってくれ。

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