第5話 (一号)
仲間がみんな海に旅立ったのを見送ってから、俺はクリーチャーを連れてレンの隠し工房へ向かった。
一人くらい、クリーチャーみたいに生き延びてくれないかと思ったが、結局は全員死んでしまった。
隠し工房には奴の言った通り、道具一式と金があったのでそれを回収して、学院の門を叩いた。
レンに言われた通り、「ヴィクター・プレラーティの弟子だ」と名乗った。教授だという男は「誰だっけそれ」と首を傾げていた。
話が違うだろうと困ったが、少し考えたら思い出したようで、「ああ、レン君か」と言い出した。「レン」というのはどうやらあだ名だったらしい。俺は内心キレた。教えとけよ、そういうことは。
どうやらレンの話題は学院でも腫れ物らしく、教授たちは額を寄せ合って審議した結果、俺の入学を認めた。門戸が広いのがこの学院の売りらしい。
一年生はいろんな分野の学問に触れるのが通例らしいが、俺は錬金術以外をやる気はなかった。全く興味がないわけではないが、ちょっと億劫だ。
暇を見つけては、図書館の隅で錬金術についての本を読み漁る。ホムンクルスの製造は禁忌らしいから、隅の方の本棚の陰にある隠し部屋のような場所が俺のいつもの席だ。俺が仲間を作ろうとしていることを、人間に知られてはいけない。
読んだ本と、授業の内容と、手元にあるレンが書いた俺たちの設計図を照らし合わせて、どこがどうなっているのか一つずつ解読して行く。
同じ場所に立ってみてわかった。俺の目標は途方もなく遠い。
俺は肉体的には強く設計されたが、こっちの分野では平々凡々だった。
言いふらしたわけでもないが、俺が人より力が強いということは、同級生たちの間ですぐに周知の事実になってしまった。
かと言って、まさか俺が軍隊一つ余裕で壊滅させるような怪物だとは誰も思わなかったらしく、重いもの運ぶから手伝えとか、瓶の蓋を開けろとか、力仕事をよく頼まれるようになった。
ある時、同級生の二人が喧嘩を始めた。勉学の道に進むようなもやし同士の喧嘩なんか、俺にはじゃれ合いにしか見えなかったが、喧嘩慣れしていない同級生たちは俺に「あの二人を止めてくれ」と頼んだ。
喧嘩していた二人は、大怪我をして医務室に運ばれた。
「なんであんなことをしたんだい」
教授は怖い顔で俺に聞いた。
「殺さなきゃ止まらない」
俺は答えた。
前の時は、全員死ぬまで争いは終わらなかったから。
「殺しちゃダメだよ。仲直りできなくなっちゃうから。二人が元気になったら謝りに行くんだよ?」
なにが悪いんだかわからなかった。
その日の夜、刃物を持った女が俺を刺しに来た。少し話したことのある同級生の、ドラセーだった。目が見えないとかどうとかで、歩くのを手伝ったことがあったので覚えていた。
不意を突かれて、俺はとっさに反応できずに深手を負った。首から背中にかけてざっくりやられた。
ドラセーは俺が痛みに呻くとハッと驚いて手を止め、うろたえて刃物を取り落とし、人を呼びに出た。手探りで行ったものだから時間がかかったが、じきに医者が来て俺も医務室に運ばれた。
「ごめんね」
ドラセーは俺の枕元で呟いた。
聞けば、俺が殺した人間の軍隊の中に弟がいたのだそうだ。兄弟というものは知っている。同じところから生まれた同族のことだ。俺が仲間を失ったように、こいつも弟を亡くしたのだ。
「悪かった」
俺が謝ると、ドラセーは首を横に振った。
「あの子はもう死んだから、許してくれるかはわかんないよ」
殺すと仲直りができない。俺はようやく理解した。人間たちが俺にした仕打ちを、俺もこいつにやっていた。
俺が重傷を負わせた二人は、医務室の隣のベッドで寝ていた。
「お前らも、悪かった。もうしない」
はじめのうちは怖がられていたが、全員まともに動けない状態で横たわっているうちに警戒心も薄れたのか、傷が癒える頃には二人とも許してくれた。俺が思っていたよりも、人間という生き物は怖いものではなかった。
それ以来、ドラセーは俺にやたら構って付きまとうようになった。
はじめは見張りのつもりなのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。理由はよくわからないが、なぜか気に入られたようだ。
弟の代わりにはなるわけではないが、罪滅ぼしに面倒を見てやるのもありかと思って懐に入るのを許したが最後、ドラセーはズカズカと距離を詰め、俺の隣に居座るようになった。
「ねえイッチー、宿題読んで」
今日もこうして俺に教科書を読めとせがんでくる。常に閉じているまぶたの上には、地元の民族のものだという化粧が施されている。
「帰れ」
「つめたーい。ひどくね?」
「クリーチャーがそっち行ったぞ」
声をかけてやると、ドラセーは少し腰を落として衝撃に備えた。その後すぐにクリーチャーがドラセーの胴体に抱きついてきゃっきゃと笑う。
「クーちゃんもひどいと思わない?」
ドラセーに頭を撫でられて、クリーチャーは嬉しそうだ。
生まれた時は大きな怪物だったクリーチャーは、ミライに助けられて今では普通の子供のような姿で生きている。人間の基準で言えば五歳くらいの大きさだろうか。相変わらず言葉は話せないが、今日も元気だ。
ドラセーに言わせれば、「クーちゃんは女子」らしい。クリーチャーは二号の設計図から作ってるはずで、二号は男だったんだが。俺が図面通りに作れなかったせいだろうか。小麦色の目と髪は似てるが、そこ以外はてんで違う。
「俺今勉強中なんだけど」
「人の勉強見るのも勉強のうちっしょ」
「他の奴に頼めよ。なんで俺なんだ。お前精霊科志望だろ」
「イッチーが一番ゆっくり読んでくれるからさー」
別にコイツのためにゆっくり読んでいるわけではない。文字を覚えたばかりだからまだスラスラとは読めないだけだ。
「そういうあんたは錬金術科一択な感じ? 他には興味ないの?」
全く興味がないわけではない。医術の初歩に触れてみて、その技術があれば何人かは助けられたかもしれないと今更ながら思う。ドラセーにやられた刃物の傷は、適切に処置されたおかげで驚くほど早く治った。
でも、俺には回り道している時間がない。
仲間たちに会いたい。新しく作り直したところで、以前のあいつらとは違うっていうのはわかっているが。
ホムンクルスは怖いものじゃなくて、その辺にいて当たり前な世の中になったらいいと思う。
「とにかく、俺は今忙しいから他の奴に頼め」
「徳を積んどかないと来世苦労するぞー?」
「徳? 来世? なんだそれ」
「あれ? 知らない感じ? 東の方の国の考え方なんだけどさ、人間には魂があって、死んだ後もそれは残るの。そんで、肉体の滅びた魂は死後の世界に旅立って、しばらくするとまた別の肉体に入って新しい人生を生きるんだよ」
「……へえ」
随分、救いのある話じゃないか。あいつらも、その死後の世界とやらにいるのだろうか。もう生まれ変わって別のものになっているのだろうか。
「ねー、宿題読んでよ。クーちゃんに似合う服選んできたからさー」
こいつはクリーチャーを着せ替え人形にして遊ぶのが好きだ。最初は海の街で手に入れた簡素な服を着せていたが、「せっかくならイケてる服着たいっしょ」とあれやこれやコイツが持ってくるせいで、学院の寮にある俺の部屋は服屋のような有様になってしまった。その中に一つだけポツンと置いてある俺の鎧がむしろ異物のように浮いている。正直邪魔だが、クリーチャーが喜んでいるから捨てるのも忍びない。
今日持ってきたのは、花柄のワンピースだ。クリーチャーは動き回るからヒラヒラしたのはやめろって何回も言ってるのに。
「ほらほら、かわいいっしょ? 着せてあげてよ」
お前が自分でやれよ、と言いかけてやめた。見えていないのだからできるはずがない。
クリーチャーはどうやら着替えの手順をちゃんと覚えたようで、自分から両手を上げて着せ替えさせやすい姿勢をとっている。俺はため息をついて、読みかけの本を閉じた。
「お前、見えてないのにどうやって選んでんだよ」
「ん? フィーリングって感じ? こういう目だからさ、人には見えてないもんが見えるんだよねー。いいっしょ」
「そういうもんなのか」
「そ」
着替えが終わると、クリーチャーは嬉しそうにはしゃぎだす。
「イッチー君、いいかな」
不意に声が聞こえて、俺は慌ててホムンクルスの設計図を隠した。訪ねてきたのはヴァルトマン教授だ。
「なんでここがわかった」
俺の殺気を感じ取ったのか、クリーチャーがドラセーの膝の上に逃げ込んだ。
「ちょ、教授には敬語使えし」
ドラセーに頬をつねられて、意識が教授から逸れた。
「いってえな! なにすんだ!」
教授はなにがおかしいのかふふっと笑いを漏らす。
「いやいや。君の師匠もここが定位置だったんだよ。もしかしたらと思ってね」
自分の眉間にシワが寄ったのがわかった。あいつの影を感じると、むず痒さと苛立ちでムカムカする。
「で、なんの用だ」
「レン君が来るから、君も顔出して欲しいんだけど」
「絶対嫌だ」
どいつもこいつも、なんで俺の邪魔をするんだ。
俺には時間がないっていうのに。
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