第3話 (ミライ)

 レンが何やらうなされているのが気になって、起こそうと揺すってみる。肩を掴んで揺さぶったり、ほっぺを引っ張ったり鼻をつまんだり色々試してみるけど、不機嫌そうなうめき声が聞こえるばかりで、目を覚ます様子はない。

「おーい! 朝だよー! 起きてー!」

 とある山腹で野営した次の朝、一通り朝食の用意が整ってもレンが起きないので、ジンは呆れ顔で剣の素振りを始めた。星の国でレンに買ってもらってから、暇を見つけては剣を振っている。どんなバランス感覚をしているのか、剣を振り回すジンの頭の上で、シーチキンは涼しい顔で居座り続けている。

「ねえ、ジンも起こすの手伝ってよ」

「ほっとけばそのうち起きるだろ」

「でも、うなされてるし。それに、早くしないとお昼ご飯の時間になっちゃうよ?」

「急ぎの旅でもねえんだからさ、ゆっくりしてたらいいと思うぜ?」

 そうは言っても、寝坊はよくないと思う。

 えいっ、とお腹の上にのしかかってみると、ぐえ、とカエルみたいな声が上がった。

「うーん……」

「起きてってばー!」

「起きた起きた。起きたからどいてくれ」

 億劫そうに体を起こして、レンは髪の毛を手櫛ですいた。長い髪は、寝起きにはいつも少しこんがらがっている。

「おはよう!」

「うん。おはよう」

「おはようのちゅーしていい?」

「ダメだよ」

 レンは半笑いで、私の口元を手で覆う。

「年頃の娘がそういうことを安売りするもんじゃない」

「年頃じゃないもん。二歳だもん」

「なおさらダメだなぁ」

 木漏れ日が落ちている切り株に、今日の食事を並べて三人と一羽で囲む。すぐ隣では、昨日の夜焚いた焚き火の燃え残りが、かすかに煙をあげている。

 今日の朝食は、水筒の水と備蓄の干し肉と、それからジンが見つけてきてくれた木苺だ。

 小さくてぷっくりした黄色いツブツブが寄り集まっていて、虫の卵みたいでちょっと抵抗感が湧いた。でも食べてみると、プチプチした食感が楽しいし、甘みが爽やかでとてもおいしい。

「おいしい!」

「気をつけろよ。甘いのと酸っぱいのの当たり外れが結構激しいから」

 二つ目を口に入れるとどうやらそれがハズレだったらしく、身震いするほど酸っぱかった。

「うぇぇ」

「ほらみろ。熟したやつ選んで食えよ。そうすれば比較的甘いの引けるから」

「熟したやつ? ってどれ?」

「実の色が濃くて、触った時に柔らかいやつだ」

「わかった」

 これかな、と思った実を取ろうとしたら、一足先にシーチキンに啄ばまれて取られてしまった。ムッとしたが、仕方ない。気を取り直して次を取ろうとするけど、それもシーチキンに取られた。

 二度、三度とそれが続いて、私は思わずシーチキンを捕まえようと手を伸ばした。

「ちょっとー! それ私が食べたかったやつー!」

 シーチキンは難なく私の手をかわして、悠々とくちばしでつまんで確保した木苺を少し離れた位置で食べ続ける。

「オイシイオイシイ」

「このやろう!」

 私が勢いよく立ち上がると、レンがたしなめるように私の服の裾を掴んだ。

「こら。やめなさい。行儀が悪いだろう。食事中は静かにしてなさい」

「だって!」

「だってじゃないの。ジンも。その鳥、どかせない?」

「無理だ。こいつ別にあたしのペットじゃないし」

「うーん。そうかー。困ったな」

 しっし、とレンが手で追い払おうとするけれど、シーチキンはふてぶてしく切り株の上に居座り続けている。

 そうかと思えば、突然キー! と甲高く鳴いて、バサバサとどこかへ飛び去ってしまった。

 羽音が遠のいていく。かと思えば、もっと大きな気配が近づいてくる。シーチキンより一回りもふた回りも大きい。

「げっ」

 そっちを見たレンが、体を強張らせた。こちらにやってくるのは大きなふくろうだ。足にキラキラした足輪をつけている。

 ふくろうは、レンの目の前に降り立った。まん丸い目でじっとレンを見上げて首を傾げている。

「なんだこいつ」

「僕が師事してた教授の使い魔だ。なんでここに。これは……手紙かな?」

 足輪に、紙が結びつけられている。レンはそれを解いて広げた。私とジンも手元を覗き込んでそれを読む。

「ヴァルトマンさんって誰?」

「教授だよ。嫌な予感がするなあ」


『レン君へ


 やあ、久しぶりだね。ヴァルトマンだよ。

 ちょっと君に話があるから至急学院へ来るように。出入り禁止処分の件は、こっちで話を通しておくから気兼ねなく遊びに来るといい。

 そもそも、どうせうちの街には門番なんていないんだから、出禁もなにもあったもんじゃないってことは君も知ってるだろう。もっと早く来ても良かったんだよ?

 だいたい、たまには手紙の一つくらい寄越したらどうだね。世紀の極悪人、神をも恐れぬ異端者が捕まったとあれば私の耳にも入るだろうから、便りがないのは無事な知らせとわかっているけどね。それはそれとして時節の挨拶くらいは送ってくれてもいいんじゃないかな? 寂しいだろう、この薄情者。

 くれぐれも無視なんかしないでくれよ? 話っていうのは君の弟子のことだ。

 七日後、私の工房で待っているよ。


ヴァルトマンより』


 手紙を読み終えて、レンは頭を抱えた。

「うーん、仕方ない。行くかぁ。七日後って結構無茶だなあ」

「遠いの?」

「わりと。西の渓谷のそのまた向こうの荒地だ。用事があるのは僕だけだし、君たちは別のとこで待っててもいいけど」

「ふーん。ミライ、どうする?」

 ジンに聞かれて、私は即座に答えた。

「行く!」

 私が生まれる前、レンがいた場所。興味がある。

 色々あった、ってことだけは知ってるけど、私が生まれる以前の話を、レンはあんまりしたがらない。

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