第2話 (シュウ)
机に向かって、煩雑な書類仕事を片付けながらため息をつく。
町長としての仕事は、やりがいはあるし、性にも合ってるし、悪くないと思う。
レンを送り出してから、もう結構時間が経った。
海の街での騒動は、どうやら無事解決したようだ。海岸を埋め尽くしていた骨はもう増えることもないし、レンが言ったようにホムンクルスたちが俺に助けを求めに来ることもなかった。レンが想定していたよりも、平和な終わり方をしたらしい。
解決したなら解決したで便りの一つくらいよこせよと思うが、昔から人と関わるのが苦手で言葉足らずなやつだったし、もう諦めている。
「はぁ……」
びっくりするくらい、平和だ。俺は一時、世間を騒がす大騒動の渦中にいたというのに、こんな穏やかに過ごしている。
「ここにミュウがいたらなあ……」
妹は相変わらず行方不明だ。手を尽くして探しているが、手がかりすらつかめない。
あの騒動で、関わった者はみんないろんなものを失った。レンは自分が作って育てたホムンクルスたちを。俺はかわいい妹と錬金術への情熱を。一号は仲間を。ホムンクルスたちは命を。ミュウも、きっとなにかなくしたんだろう。
ゆっくりとだが、世間は事件のことを忘れ始め、残された者たちは傷を癒しつつある。
コンコン、と執務室のドアがノックされた。
「どうぞ」
ドアが開いた。入って来たのは部下ではない。黒いローブを羽織った、年若い少女だ。
見間違えるものか。
「ミュウ! どこに行っていたんだ! 心配したんだぞ!」
「ただいま、兄さん」
大きな声を出したのがよくなかったらしい。ミュウはしょぼんと眉を下げて、こっちの様子を伺っている。
「ああ、悪い。怒ってるわけじゃないんだ。びっくりして」
「いいの。こっちこそごめんなさい。一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「ああ、なんだ? お前がいない間のことか? 色々あったぞ」
「どうして私を師匠の弟子にしたの?」
ふと、違和感を感じた。ミュウは、こんな子だっただろうか。
ヨチヨチ歩きで俺の後をついて来ていた小さな妹の姿が、目の前の少女と重ならない。
「答えて」
「わかったよ。それより、今食事を用意するから、食べながら話そう。積もる話もあるだろ?」
「いいから。今答えて」
根拠はわからないが、恐怖を感じた。気のせいだ。少しの間会わなかっただけで、家族のことが怖いだなんて。
「お前は昔から、料理が得意だっただろ? それで、才能があると思って」
「それだけ?」
「料理も錬金術も、材料や複雑さに差異はあるけどやってることは大して変わらないからな」
「本当にそれだけ?」
じっ、とこっちを見る目が、俺を試している。
「ああ、わかったよ。狙いは他にもあった。今だから言うけど、お前とレンに仲良くなって欲しかったんだ。あいつ、家族はいないし帰る場所もないって言うから。お前とレンが仲良くなって結婚してくれたら、あいつを家族にできるなって」
あいつはいいやつだし、優秀な錬金術師だし。
レンに帰る場所ができるし、レンがいれば錬金術組合はもっと発展するし、万々歳だと思っていた。
ミュウは深く長く息を吐いて、小さな声でこぼした。
「ああ。やっぱり。薄々そうじゃないかとは思ってた」
やっぱり、血の繋がりは偉大だ。直接言ったわけでもないのに、ミュウは俺の真意をわかってくれていた。
「わかってたんだったら、もうちょっと愛想よくしててくれても良かっただろう?」
「そんな周りくどいことしないで兄さんが結婚すればいいのに」
「いや、俺とあいつはそういうんじゃないし」
「私もそういうのじゃありませんけど」
一気に声色が棘をまとって、ひやっと肝が冷えた。
相性が良くないのか、ミュウとレンは仲が悪かった。一緒にいてもずっと黙っていて事務的な話以外はしないし、用事がなければ必要以上に顔を合わせようとしなかった。
「お前たちなんであんなに仲悪かったんだ?」
「別に仲が悪かったわけじゃないです。私が一方的に嫌いだっただけ」
俺は少しムッとした。俺の意図を察した上で、わざわざそれを踏みにじったって言うのか。かわいい妹だと思ってたのに。ちょっと甘やかしすぎただろうか。
「わがまま言うなよ。今更だけどさ」
「ふざけないで」
大きな破裂音がして、俺の意識はそこで途絶えた。
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