第3話
ハルは大きく伸びをして隣にいるカナッシュを見る。
真冬の晴れた今日、ハルとカナッシュは休日であり久々に美味しいものでも食べようと昼間の町を歩いていた。軍部騎士および王子直属近衛騎士はどちらも国と王家を守るため、シフト制の勤務となる。もちろん昼間だけではなく夜間も緊急時に備えて働く必要があり、宿直もある。さらに必要とならば戦地や遠征に赴くことも、近衛騎士ならば王族が出かけるとなれば遠方へのお供もある。そんな二人の休日が合うことは滅多にない。今日は久々に休日が被ったため、二人で王都で美味しい食事のできる店を探していた。
王城で働く騎士の多くは城内にある騎士専用の寮で暮らしている。何かあった時に必要な人員が配置できるようにというのと、下級騎士は給金が少なく格安の寮で暮らす方が生活が楽なのだった。ハルもカナッシュも騎士寮で暮らしており、久しぶりに城外へと出てきた。
平日の昼間だと言うのに王都は活気に溢れている。街中には様々な店が並び、青空市が開かれ、他国民が観光している姿も多く見かける。
「やっぱ目立つわー、お前」
ハルの隣を歩くカナッシュが冗談めいてハルを見て笑う。
「騎士たるもの剣くらいちゃんと常に持っとけよ」
ハルはため息混じりにカナッシュを指さす。
ハルが目立つのは真っ黒な髪と瞳で明らかに一目でロータル王国の者ではないということが大きい。ロータル王国民にも様々な色彩の髪や瞳の人間がいるが、ハルほど美しく光沢のある真っ黒な髪の者は少なく、鋭く光るような黒い瞳もいない。さらにロータル王国民の肌の色は白に近く、ハルはもう少し黄色がかっており明らかに見た目が異なった。
さらに体格もやや小柄であり、騎士で鍛えているとはいえハルは騎士仲間のなかでは小柄な方だった。
そして何よりも目立つのは、ハルの持っている剣だった。ロータル王国では剣などを一般人が携えることは少なく、手にしているのは警察や騎士くらいだった。それでも彼らは役職の時くらいにしか手にしておらず、私服で剣を携えている姿は見慣れない。ハルは祖国で武士たるもの常に剣を持っているべきという考えを教えこまれており、未だに常に剣を携えている。さらにハルの手にしている剣は倭国に伝わる刀というものであり、作りも見た目もロータル王国のものとは異なる。
つまり、ハルの存在そのものが目立つのだった。そんなハルは職務中はきちんと制服を来て目立たない格好だが、私生活ではいくつかのピアスにネックレスや指輪など着飾ることが多くさらに目立つ。さらに左肩には刺青も入っており、職場での地味な姿しか知らない他の同僚に驚かれることは多々あった。
「何かあったらハルに助けてもーらお」
「体術はお前の方がうまいだろ」
カナッシュの言葉にハルは腕を組んで苦笑する。ハルも体術の体得はしているし訓練もしているが、どうしてもカナッシュには敵わない。単純に体格の差もあるため一朝一夕で何とかなるものでもない。
「オレはお前に剣術じゃ敵わねぇよ。速すぎだろ」
カナッシュは口をとがらせてそう言う。
「そういう流派なもんでな」
にやりと笑い、ハルは自分の刀の柄に手を置く。
「しかも魔法術も斬れるなんて、ほんっと不思議なもんだよな」
「別に何でも斬れるわけじゃねぇけどな」
ロータル王国は歴史ある大国であり、その歩みは魔力の発展とともにあった。歴代国王の多くが魔法術師や魔導士であり、国として魔力の発展に寄与し続けていた。
ハルの祖国は魔法術を使わず、気術を使う。気という力を用いて様々な奇跡を起こす者を気術士といい、彼らの行う術は多岐にわたる。攻撃や防御だけではなく、人を癒すこともある。気術士ではないハルにとって、彼らの持つ力は不思議でしかない。
武士が物理攻撃に特化しているのに対し、気術士はその摩訶不思議な術を使い、時に武士を翻弄する。魔法や気術は基本的に物理攻撃で壊せない。魔法術や気術が自然物を操作しており、それが例えば植物とかならその植物を物理的に切断することとは可能だった。しかし、その植物を操っている魔法術や気術そのものは切れない。
だが、ハルは限られた範囲内ではあるが魔法術を斬ることが出来る。気術全般は斬ることはできるが、気術と魔法術が根本的に使い方が異なり、魔法術に関してはハルの体得した剣術は一部しか通用しない。だが、それでも魔法術を斬る剣士など珍しく、それが出来るのは殆ど魔法術師の資格を持ち魔力について学んで鍛錬している者だった。それか純粋な剣士なら特別な魔道具や魔法術の施されている剣を手にしている。
ハルの今手に持っている刀はごく普通のものであり、刀自体は銘刀と呼ばれる非常に価値の高いものだが、刀自体は特に何の魔法術や気術も施されていない。
「お前は目立ちすぎる、だから幹部からも目をつけられるってわけだな」
カナッシュは笑いながら言うが、それはハルにとって笑い事ではない。異国人であること、その剣術の腕前があること、魔法術を斬ることができること、そして近衛騎士への異例の出世スピード・・・どれをとっても、軍部上層部にとっておもしろいものではない。陰口を叩かれることもあれば、あからさまな態度を取られることもある。
「ま、どこも同じようなもんだな」
笑い事ではないし、居心地がいいとは言えない。それでも、ハルにとってそんな環境は昔からよく置かれていた。
名門武家の長男として生きてきたからには、他の武家からの羨望だけではなく嫉妬もかってきた。さらにハルの実家は代々帝家という国を治める血筋に仕えてきており、それはハルも同じ役目を継いでいた。
その役目を承るために武士たちは常に鍛錬し、その腕を上げ功績を挙げて出世していく。だが、ハルは津草という家に生まれた──それだけで、多くが欲しがるその地位を手に入れられる。血筋だけでそんなことが成し得てしまい周囲の人間は面白くはない。
祖国にいた時も今ここにいる時も、ハルの置かれている現状はそう変わらない。ひとつ違うことがあるとすれば、それは今の地位が血筋ではなく実力で手に入れたということだった。
ハルとカナッシュは他愛のない雑談や冗談を言い合い、適当に店に入って腹を満たす。寒さが身に染みるが、店の中は暖かくカナッシュは昼間からホットワインを飲んで体を温める。酒豪のカナッシュは多少の飲酒くらいでは酔うことはないが、あまり酒に強くないハルは暖かい茶を嗜む。
そうして楽しい時間を過ごしていたが、カナッシュが本日締切の報告書の存在を思い出し夕方前に職場に戻っていってしまった。ハルはそんなカナッシュを見送り、日用品や洋服の買い物に出かけた。元々倭国は着物文化であり、国際化となった現在は洋服を着ることも多かったし、洋装を取り入れた洒落た着物も多かった。
******
(血の匂い・・・)
街から城に帰ってきたハルは、ハッと周囲を見渡す。辺りはいつも通りなのだが、城の奥から広がるざわめきを肌で感じハルのなかにある警鐘が鳴り響く。ハルの感じた血の匂いも、ざわめきもはっきりとした何かがある訳ではなく直感に過ぎない。だが、数多の死線をかいくぐってきたからこそ分かる第六感が緊急事態を示していた。
「王子・・・!」
すぐにハルは走り出し、主人のナーセルトのもとへと駆ける。慣れた城の廊下を全速力で走り抜け、その目に映る景色はどんどん後ろへと走り去っていく。冷たい空気が体に突き刺さるが、今はそんな事など気にもならない。数多の戦場を経験してきたからこそ分かる、その鋭くとがった感覚が激しく警鐘を鳴らしつづける。
城の廊下にはいつも通り、侍女や城で働くもの達が穏やかながらも忙しそうに自身の責務を全うしている。そんな彼らは廊下を全力で駆け抜けていくハルを不思議そうに見つめているだけだった。
(騎士が1人もいねぇ)
城に帰ってきた時は門番がいたが、それ以外は特に騎士らしき人物を一人も見ていない。城のどこにでも騎士がいるわけではないが、警備のために巡回していたり、何らかの仕事で城の中には何人もの騎士が在駐している。普段、特に意識しなくても目に入る同僚がいないことに違和感を覚える。
嫌な予感がするなか、ハルは主人の元へと翔ける。
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