第2話

 

 雪が分厚く降り積もった真冬のロータル王国でひとつの重大な発表がなされた。

 現国王と議会の承認を得て正式に、時期国王として第一王子のレティルト・ダルータ・ルレクトが選ばれた。レティルトの王位はずっと前から囁かれており、やっと正式に決定したのかとハルは不思議な気持ちでいた。


 誰もがレティルトが時期国王だと思っていたし、それ以外考えたことなどなかった。だが、こうして正式に発表されるとどこか浮き足立つものがある。自分の直属の主人のことではないとはいえ、こうして王族に仕えている身としてこれから先の未来のことを思い描いてしまう。


(ってことは、セルト王子は適当な大臣職にでもつくのか?・・・大臣って柄でもなさそうだが)


 軍部詰所にある掲示板に大きく張り出された国王直々の御触書を見つめながら、ハルは主人の姿を思い浮かべる。あまり執務に真剣に取り組んでいる様子もないし、好き勝手に魔法術の勉強のため魔力協会に足繁く通っている第二王子は為政に向いていない。我ながら自分の主人だが、この先あの王子がどうやって生きていくのだろうとさえ思う。


「よう、ハル。セルト王子の心配かー?」


 そう言って肩を抱いて話しかけてきたのは同僚騎士のカナッシュだった。ハルは第二王子直属近衛騎士であり、カナッシュは軍部所属の騎士で軍階級では大尉にあたる。同年代ということもあり、人懐っこいカナッシュは距離を取られているハルに対しても迷うことなく歩み寄ってくる。


 慣れない異国の地に来たとき、カナッシュが色々と面倒を見てくれた。ロータル王国の生活や風習を教えてくれ、剣の稽古もよく付き合ってくれている。さらにハルはこの国に来て、最初はロータル王国軍部に配属されており国や城でのしきたり作法なども教えてくれた友人であり、恩人でもある。


 もともとハルは故郷でもそれほど人付き合いが得意ではなく、誰かと一緒にいるよりも一人でいることを好んでいた。友人と呼べる人間は少ないが、それでも心許せる人間がいて、つまらない話で談笑したり、悩みを相談したり、愚痴を言うこともあった。


 慣れない異国の地で出来た友人は見知った人間が一切いないハルにとって、ありがたく、そして大切な存在だった。プライベートでも遊びに行ったり、食事をしたりとカナッシュは単なる同僚という括りにするものではなかった。


「そんなんじゃねぇよ」


 カナッシュの手を肩から外し、ハルは周囲の気配を探る。

 軍部詰所ではハルたち王子直属の近衛騎士はとにかく目立つ。軍部所属の騎士と近衛騎士の服装が全く異なり、身につけているものでその所属を明らかにしていた。軍部の人間はダークグリーンを基調とした軍服を身につけているのだが、近衛騎士の軍服は白をベースとし、そして第一王子は赤、第二王女は青と定められた色の刺繍が施されている。


 近衛騎士はエリートであり、軍部所属の騎士から見れば憧れでもあり妬みでもある。ましてやハルは異国人で異例のスピードで出世しており、白い目で見られ、身に覚えのない噂を流されることは多い。そんな連中からすれば面白くない存在のハルの主人が王位を得られなかったというのは、最高に蜜の味のする話だった──ハルの出世がこれ以上望めないと。


「正式な王位継承が一年後だから、これから忙しくなるなー」


 どこか他人事のようなカナッシュの言葉にハルは頷く。まだ現国王が存命ではあるが、国王はすでに一年後に王位をレティルトに明け渡すことを明言していた。一年ですべての準備を整え、レティルトは王とならなければならない。今でも国王顔負けの執務をこなしており、そのあたりの心配はあまりされていない。問題なのは──。



「レティルト王子の結婚だな」


 ハルはつい数日前に情報収集のため接触してきたレティルトの顔を思い浮かべる。レティルトは優秀かつ顔も整っており時期国王だと期待されている王子であり、とにかくモテる。他国の王女はもとより、自国にも他国にもレティルトに想いを寄せる貴族の娘も多い。さらに家柄さえ気にしなければ、レティルトには未来の妃候補などいくらでもいるのだろう。


 もともと、名のある名門武家の出自であったハルはレティルトのおかれている状況が嫌でもわかってしまう。当主となるということは、現在を生きるだけではなく未来を繋いでいかなければならない。それはつまり、結婚して子どもを授かり、そして次世代を育てるということだった。


「うちの王子様二人とも珍しく許嫁とかいないしなー。レティルト王子の手腕があれば別に政略結婚とかしなくても何とでもなるし」


 多くの王族や貴族がその子孫繁栄のため、幼い頃から婚約者が決められているのにも関わらず、ルレクト家には婚約者を決めてきたような歴史がそもそもない。それにレティルトの政治手腕はなかなかなものであり、わざわざ誰かの権力を得るために結婚相手を選ぶということもしなくて良い。王家として何か得るべきものがあるなら、どこかの貴族なりそれなりの身分のものとの婚約をするだろう。


(ま、これから口酸っぱく周りが結婚相手について言うだろうな)


 選択肢が広いからこそ、レティルトの周りには彼に取り入ろうとする人間が婚約者候補を次々とあげるだろう。レティルト本人がどう思っているかなど関係なく、権力者には常にその権力をあやかろうとするものが近づいてくる。


 これから先のことを思い浮かべるハルとカナッシュのもとに、ひとりの人物が姿を現す。その存在を感じ取ったハルの警戒心が密かに強まる。


「あら、久しぶり」


 目の前にやってきた人物を見てハルはその視線が自然と鋭いものになる。だが、そんなハルとは相反して同僚のカナッシュは彼女に駆け寄りにこやかに話しかける。


「リーシェル将軍!北東の遠征、お疲れ様です。やはり将軍殿の手にかかればひと月もかかりませんでしたね」


 リーシェルはロータル王国軍部に入ってから目覚ましい活躍で数年でどんどん出世していき、二十九歳という若さで将軍となった人間だった。将軍となってからも、いくつもの遠征や小競り合いを制圧し、災害時には民間人の救助も惜しまず行い今や最強の女騎士とまで言われている。


「私だけの手柄じゃないわ」


 にこりと笑う笑顔が美しく、優美な姿から将来はレティルトの王妃候補にしてはどうかという話がちらほら出てきている。だが、ハルはそんなリーシェルをこの国に来た当初から警戒していた。あまりにも強すぎるし、どこか掴めない人間だった。


 何がという訳ではないが武士として踏んできた場数が、その直感が警鐘を鳴らす。この女には油断してはならないと、ハルは初めてリーシェルに会った時から思っていた。


「ついにレティルト王子の時代が来るのね」


 ハルとカナッシュが見ていた御触書を見て、リーシェルは呟くようにそう言葉を発する。


「はい。レティルト王子と将軍殿がいれば、我が国は安泰でしょう」


 憧れのような視線をリーシェルに向け、カナッシュは笑顔をうかべる。これほどまでの功績を若くして成してきたリーシェルは、騎士にとって憧れでしかない。カナッシュの純粋なその瞳を見ながらも、ハルはリーシェルの言動のひとつひとつを監視するように見てしまう。


 そんなハルの態度を知ってか知らずか、リーシェルは「買い被りすぎよ」とだけ言って、二人の元を去っていった。

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