第36話 希望を紡ぐ光

 達人たちは全員、一切の迷いを見せず左の掌を突き出した。まるで雷の奔流そのものを正面から掴み取るかのような無謀にも見える構えだ。

 右掌は天を向き、微妙な角度で掲げられている。それはまるで、天空と大地の間を繋ぎ、流れる雷を受け流す道筋を描こうとしているようだった。


 ゼウスの黄金の瞳が細められ、その視線には冷笑が浮かんでいた。


「その構え――『ケラウノス』を受け止めるだけではなく、背後の街への被害を逸らそうという算段か」


 彼の声は静かでありながら、深い地鳴りのように空間を揺らし、聞く者全ての鼓膜を震わせた。


 ゼウスは悠然と手を前に突き出し、掌に稲妻が集束し始める。

 周囲の空気が焼け焦げるような音を立て、雷光が彼の全身を包み込む。

 その様子は、人間の言葉では形容しがたい恐怖そのものだった。


 ゼウスの背後にはまるで宇宙そのものを描き出したかのような深い闇が広がり、そこから閃光が絶え間なく放たれている。


「愚かだな、お前たち如きが、我が雷霆に抗おうというのか」


 ゼウスの声は低く響きながらも、言葉の一つ一つが達人たちの耳元で雷鳴のように轟いた。


「受け流したところで、我が雷霆はお前たちの身体を内部から焼き尽くす__皮膚だけでなく、血肉、骨、魂そのものを焼き払うのだ」


 ゼウスが一歩前に踏み出すたび、大地が震え、足元から放たれる電流が周囲に蜘蛛の巣状に広がる。


「自らの身を守るだけならばまだ希望もあろう、だが――他者を慮る?その愚行がどれほどの代償を伴うか、まだ理解できぬか?」


 ゼウスの口元に冷たい笑みが浮かぶ。

 圧倒的な力の前で、無意味な努力をする者たちを見下ろす、まさに神の表情だった。


 それでも、達人たちの構えは微動だにしない。

 彼らの目には恐怖も迷いもなく、ただひたむきな覚悟が宿っていた。

 それは人間の小ささを象徴するようでありながら、同時に、神をも怯ませる可能性を秘めた光だった。


「……面白い」


 ゼウスが静かに呟く。その言葉には嘲笑ではなく、わずかばかりの興味と期待が込められているようだった。


「ならば、試してみるとしよう___この『ケラウノス』が、どれほどの愚行を暴き立てるかをな」


 ゼウスの掌がゆっくりと前に押し出され、無限の雷がそこに集約されていく。

 稲妻の閃光が視界を塗り潰し、耳鳴りを起こすほどの轟音が響き渡る。

 その光景は、世界そのものが崩壊し始めたかのようだった。


 だが、その光の中心に立つ達人たちは、互いの意志を感じ取り合うかのように微笑む。


「そうなるかどうか……もう一度、撃ってみな?」


 権が挑発的に言い放つ。その声には確固たる自信が滲み出ており、周囲を包む雷鳴すらかき消しそうな勢いを持っていた。


 ゼウスの目が細められる。

 その黄金の瞳は、まるで宇宙の閃光を宿したかのように輝き、雷光が渦巻いている。大地を震わせるような威圧感がその一挙手一投足から放たれ、空間そのものを支配していた。


「ならば――消し飛べ、人間ども」


 彼の言葉は雷鳴と化し、その直後、天と地を引き裂くような稲妻の奔流が放たれる。

 閃光は太陽のように眩しく、轟音は世界の終焉を告げる鐘の音のようだった。


 達人たちの周囲に降り注ぐ稲妻は、彼らを包み込む寸前でわずかに捻じ曲げられる。

 その光景は、硝子を通った光が不自然な角度で屈折するようで、物理の法則が歪められたかのようだった。

 彼らの構えが導いた防御の技が、その効果を証明している。


 背後の街では、最も高い位置にある白い民家の屋根が吹き飛んだが、それ以外の被害は奇跡的にも抑えられていた。

 達人たちは、第一段階――『街を守る』という使命を成し遂げたのだ。


「ほう……」


 ゼウスが静かに唸る。その声には冷たい興味と苛立ちが混ざっていた。


「我が『ケラウノス』を逸らすとは、我が予測を超えた技術と意志の力だ____どうやら、達人たちの可能性を侮っておったようだな」


 黄金の瞳が鋭さを増し、その中に冷酷な殺意が宿る。


「評価を改めるとしよう――お前たちは、我ら『オリュンポス』にとって過去最大級の脅威だ、かつての『神の子』をも凌駕する存在かもしれぬ!」


 その言葉と共に、ゼウスは雷霆の出力をさらに引き上げる。天候が激変し、雷雲がますます暗く厚くなる。

 大地に走る稲妻は、蛇のように地を這い、空間を裂く音が響き渡る。


 達人たちは、身体に襲いかかる苦痛を堪えながらも立ち続ける。

 腕や足は焦げ、皮膚はひび割れ、鼻からは鮮血が流れていた。

 しかし、彼らの構えは微動だにしない。その姿には、もはや人間を超越した覚悟と精神が宿っていた。


 第二段階――彼らの狙いは、ゼウス自身に『ケラウノス』を跳ね返すことだ。

 達人たちは、右掌を天に向けたまま、僅かずつ角度を変えながら、稲妻の流れを制御しようとしていた。

 彼らの掌はまるで、大地と天空を繋ぎ直すための楔のように機能している。


 ゼウスは、その意図を見抜いたかのように薄く笑みを浮かべる。

 その笑みには神としての絶対的な自信と、挑戦を受け入れる高揚感が混じっている。

「我が『ケラウノス』に焼き尽くされるか……それとも、お前たちの策が実を結ぶか――勝負といこうではないか」


 ゼウスの掌から再び雷霆が放たれる。

 その威力は、先ほどを遥かに凌駕していた。

 大気が裂け、稲妻が生き物のようにのたうち回り、戦場全体を飲み込もうとする。


 しかし、達人たちはその中心で屈することなく、全身全霊で雷を受け流し、反撃の構えを整えつつあった。

 ゼウスの脅威と達人たちの決死の覚悟――両者の攻防は、ついに限界を超えた激突へと突き進む。


 戦場は激烈な光の嵐に包まれ、稲光が交錯し、天空と大地を繋ぐ光の橋が形成されていた。

 ゼウスの発した『ケラウノス』は、達人たちの力によって受け流され、一部は跳ね返されたが、その威力は依然として途方もないものだった。

 跳ね返された雷は、雷人たち3名の放電を加えてなお、ゼウスが放つ本流には到底及ばなかった。


 押される達人たちの姿は、まるで巨大な波に呑み込まれようとする小舟のようだった。空気そのものが焼け焦げるような熱と圧力が彼らを襲い、地面は焦げ、裂け、周囲の大気すら軋む音を立てていた。


「面白かったが……どうやら、無駄な足掻きだったようだな」


 ゼウスが勝利を確信し、傲慢な笑みを浮かべる。その姿は、神話の絶対者そのものであった。


 しかし、そんな彼の笑みを打ち砕くように、達人の一人、権が前に出た。


「それはどうかな?」


 彼の声は雷鳴を割るように響き渡り、青白い光がその全身を包み始める。その光は、生命の輝きと神々しい威厳を内包した異質なものだった。


 ゼウスの目が見開かれる。


「まさか……『ゼウスの器』の力を解放するつもりか!」


 その言葉には驚きと僅かな焦りが滲んでいた。


 だが、権は首を振り、拳を突き出した。  


「違う! この力は『ゼウスの器』なんて名前じゃない!」


 彼の声は揺るぎない決意に満ち、周囲の戦士たちに希望の火を灯した。


「これは、人間と雷人の垣根を超える――希望の光だ!!」


 その瞬間、権の力は跳ね返された『ケラウノス』に乗せられた。

 青白い輝きが雷の流れを巻き込み、ゼウスの放った稲妻の本流にぶつかる。

 光と光の衝突は一層激しさを増し、まるで次元そのものが崩壊しそうな音が響き渡る。


 ゼウスの『ケラウノス』は徐々に押し返されていった。

 彼の黄金の瞳には、信じられないという表情が浮かんでいる。


「この我が……押されているだと?」


 やがて、達人たちの全力と権の新たな力が完全に勝り、ゼウスの『ケラウノス』は押し返されて爆裂した。

 その瞬間、戦場全体が静寂に包まれる――まるで全ての時間が止まったかのように。


 だが、その静寂の中で確かに感じられるのは、人間と雷人の結束から生まれた新たな可能性の胎動だった。

 ゼウスの威厳は揺らぎ、しかし彼の脅威はなおも続く。

 戦いの決着はまだついていない――だが、この瞬間、達人たちは確かに未来への一歩を掴み取ったのだ。

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