第28話 閉ざされた道、開かれる決意

「さて、お前らも相当怪我を負ってるし、ハデスが操ってた生存者も外に連れ出さなきゃならねぇ」


 鉄貴は目を細めながら周囲を見渡す。傷ついた仲間たちと、かろうじて生き残った人々の状態を一瞥し、その状況を冷静に分析する。


「普通なら一度撤退したいところだが……」


 彼の視線はふと先程まで入り口だった場所へと向けられた。激しい戦闘の最中に仕掛けが作動したのか、その場所はいつの間にか頑丈な岩壁へと姿を変えていた。


「……なるほど」


 鉄貴は岩壁をじっと見つめ、その厳めしい外見を確認しながら言葉を続ける。


「ギリシャ式の岩戸隠れってわけか」


 その声には軽い皮肉が滲んでいたが、表情にはわずかな険しさが浮かんでいる。


「どうやら閉じ込められちまったらしいな」

 鉄貴は壁を軽く叩き、その厚みと硬さを確かめる。手ごたえから判断するに、この分厚い壁を突破するのは雷人や達人の力をもってしても容易ではなさそうだった。


「生存者を放っておくわけにはいかねぇ」


 権は背後にいる震える人々に視線を投げかけ、次の行動を促すように問いかけた。


「お前ら、ついてこれるか?」


 その言葉に、生存者たちは一瞬戸惑いの表情を見せる。だが、やがて震えながらも力強く首を縦に振った。

 その姿には、命をつなぎたいという必死の思いと、権たちへのわずかながらの信頼が感じられた。


「ただ、次の敵が来たときは、皆さん安全な場所まで下がってくださいね。」


 正一が優しい声で付け加える。

 その間に鉄貴は、唾を指先に付け、慎重に風の流れを確かめていた。指先に感じるわずかな動きから、周囲の状況を推測し始める。


「……風が下から来てやがる」

 彼は低く呟きながら、地面を軽く叩き、その下に何が隠されているのかを考えるように目を細めた。


「ってことは、この下に出口があるらしいな」

 その言葉には確信が含まれていたが、同時に用心深さも滲んでいた。


「ただし、出口までには敵が待ち構えてる可能性が高いってこった」

 鉄貴は周囲を警戒するように視線を巡らせながら、次の一手を慎重に考えていた。その態度に、生存者たちは不安ながらもわずかな安心感を抱いたようだった。


 鉄貴が壁に目を向けつつ、二択を投げかける。


「さて、入り口を無理やり掘り進むか、敵と戦いながら出口を探すか……どっちが良い?」


 わかりきった問いに、権と正一は迷うことなく答えた。


「敵と戦う」


 その決意を聞いた鉄貴は、薄く笑いながら階段を降り始める。

 その途中で、正一に軽く視線を送った。


「さっきの動きなかなかやるじゃねぇか、達人の域に半歩踏み入れたな」


「……あれでまだ半歩なんですね」


 正一は苦笑を浮かべながら問いかける。


「鉄貴先生の言う達人って、一体どういう基準なんです?」


 正一は眉を寄せながら、少し困惑したような声で問いかけた。その視線は、鉄貴の言葉の裏にある真意を探ろうとするかのようだった。


 鉄貴は肩をすくめ、どこか気軽な調子で答えた。その態度はあくまで自然体で、重々しさを感じさせない。


「四両發千斤――つまりだ、弱い力で強い力を制し、遅い動きで速い動きに勝つ、それができる武術家のことだ」


 語りながら、彼は指先で小さく動作を示してみせる。

 その動きは流れるようでありながら、どこか底知れぬ力強さを感じさせた。


「たとえば、音速の矢に亀の歩みで対抗し、大岩を持ち上げる相手に小指一本で勝てる奴だな」


 まるで寓話のような話を淡々と語る鉄貴。

 その言葉には揺るぎない自信と、実体験に基づく確信が滲んでいた。


 正一は一瞬呆れたように笑みを浮かべたが、その内心では胸の奥に燃える闘志を感じていた。鉄貴の話が荒唐無稽だとは思えない。それどころか、それを目指したいという強い欲求が芽生えつつあった。


「俺はどうなんだ?」


 権はどこか不安げな、それでいて期待を隠しきれない声で問いかけた。その目は、鉄貴の言葉にすがるように揺れている。


 鉄貴は少しも迷うことなく、まるで最初から答えを決めていたかのようにきっぱりと言い放った。


「お前は、まだまだだな」


 キッパリと言い切った。


「読みが甘い、それを雷人特有の力と速度で補ってるに過ぎねぇ」


 その言葉は容赦がなく、冷たい現実を突きつけるものだった。


 厳しい評価を受け、権は思わず表情を曇らせる。その悔しさを隠しきれず、拳を握りしめたが、鉄貴の言葉はそこで終わらなかった。


「まあ、だがな――そういう力に溢れた奴ほど、いざ達人の境地に踏み込んだ時の恩恵はデカい」


 鉄貴は軽く微笑み、少しだけ柔らかい視線を権に向けた。その目には、期待と励ましの色が浮かんでいる。


「きっと、深明にも負けない達人になれるさ」


 その一言に、権は思わず胸を張り直した。悔しさの中にあった迷いは消え、次第に強い意志が表情に滲み出てくる。鉄貴の言葉は、彼に新たな目標を与えていた。


「鉄貴先生の中では、深明先生も達人の一人なんですか?」


 正一が鋭く問いかけると、鉄貴は一瞬だけ目を細めた。


「あの日本政府の犬も、いまや立派な達人だ」


 鉄貴は、舌打ちを交えながら語る。


「忌々しい事だがな」


 そう言いつつも、その声には以前のような棘は感じられない。

 むしろ、どこか誇らしげな響きさえあった。

 だが、その背後には確かに、故郷を失ったあの惨劇の記憶が垣間見えた。


 ふと、通路の空気が変わる。鉄貴が足を止め、鼻を少し鳴らした。


「金属の臭いだな……どうやら次も、武器持ちの敵が待ち構えてるらしい」


 鉄貴の声が緊張感を伴い、生存者たちは無言で身を縮める。

 権と正一は顔を見合わせ、決意を新たにした。

 次の戦いが目前に迫っているのだと。


「冥王の試練を超えし者たちよ、聞け!」


 次の広間に踏み込むと、空間を圧するような大男が待ち構えていた。

 彼は上半身裸で、筋骨隆々たる肉体を誇示しながら、堂々と広間の中央に立っている。


「俺の名は海神ポセイドン!正々堂々の勝負を求む!」


 声の響きが石壁を震わせる。逃げも隠れもせず、その威風堂々たる態度に嘘偽りはない。

 だが、その手には期待していた武器が見当たらなかった。


「俺の手札を明かそう!」


 ポセイドンは拳を掲げると、周囲の砂鉄がざわめき始める。空中を漂う砂鉄が光を反射し、まるで生き物のように動いている。


「俺の技はこれだ」


 ポセイドンは堂々とした態度で砂鉄を操りながら言葉を続けた。その手の動きは複雑で、砂鉄が彼の指示に従って動き出しているのがわかる。


「"砂鉄を操り、雷人が纏う電磁バリアを逆利用して命中させる"」

 彼の声には自信が溢れており、自らの技の特性を誇らしげに説明している。その間も砂鉄は周囲に渦を巻き、攻撃態勢を整えていた。


「技の名はトライデント」


 そう言い放つと、砂鉄が槍の形を取り始めた。その形状は鋭く、いかにも一撃必殺の威力を秘めていることを感じさせる。


「一度に三本しか射出できぬからそう名付けた!」


 彼の声が響くと同時に、砂鉄の槍が空中で勢いよく揺れ動く。ポセイドンは敵を狙う目をさらに鋭くし、確実に仕留める覚悟が伝わってきた。

 彼の声には力強さと誇りが満ちている。

 正々堂々と言った通り、自分の攻撃手段を余すところなく明かしていく。


「質問があれば応えよう!そして、可能であれば貴殿らも手札を明かされたい!」


 その堂々とした態度に促され、まず正一が口を開いた。


「僕の手札はこれだ!山中流の技、奥義球電砲、そして……敵を愛する心!」


 その最後の言葉に、一瞬空気が張り詰める。

 だが正一は臆さず、毅然とした態度を崩さなかった。


「ところで、砂鉄はどうやって操っているんです?」


 続いて、権が一歩前に出る。


「正一の手札に加えて、俺は"ゼウスの器"としての力も得ている、望んで得たわけじゃないがな!」


 その言葉にポセイドンは愉快そうに笑い声を上げた。


「砂鉄は俺の身体から発する磁力で操っている」


 ポセイドンは、自らの能力の核心を語り始めた。

 その声には確信があり、聞く者に疑念を挟む隙を与えない。


「射出も同じく俺の磁力だが、お前たちが纏う磁力バリアを標的にして命中させる」 


 彼の視線は敵を捉えたまま動かない。その間も砂鉄は絶え間なく形を変え、まるで意思を持つ生物のように動き続けている。


「だから、この技は実質必中だ!」


 言葉と共に砂鉄が鋭い槍の形を作り、ポセイドンの手元でさらに勢いを増す。

 その動きには容赦のなさと完璧な制御が感じられる。


 砂鉄がさらさらと動き、ポセイドンの言葉を裏付けるように形を変える。

 その動きには威圧感と美しさが同居していた。


 だが、話を終えたポセイドンの目が鋭く光る。敵を見据えるその表情には、次の瞬間への確かな覚悟が宿っていた。


「"ゼウスの器"が要らない、だと?」


 彼は権に視線を向け、その目が熱を帯びる。


「ゼウスの器は、望んで手に入る力ではない!ゼウスの血族の中でも、特に発電力に優れた者のみが持ち得る資質だ!それを拒むというのか!」


 ポセイドンの声には苛立ちとも取れる感情が混じる。

 だが権は、その言葉に屈することなく毅然と立ち続けた。


「ゼウスの器ってのは、ゼウスの人格や記憶を引き継ぐための入れ物だろ? 他人になるために生きる人生なんて、俺は真っ平ゴメンだ!」


 権の声には怒りと反発心が込められていた。


 その言葉を聞いたポセイドンは、冷ややかな視線を向ける。

 その目には理解不能なものを目にした時の困惑が浮かんでいた。


「数千年の時を生きた神をその身に宿すという栄誉を拒むとは……愚かしいにも程がある」


 ポセイドンはゆっくりと歩みを進めながら、その言葉を放つ。その表情には冷酷なまでの蔑みが浮かんでいた。


「だがいい、戦いの前の名乗りと手札の開示は済んだ」


 彼の目は敵を鋭く射抜き、全身から立ち上る威圧感は周囲の空気を震わせるようだった。


「これより、戦いに入る!」


 その宣言と同時にポセイドンの両腕が上がり、砂鉄が猛然と渦を巻くように集結する。攻撃の準備が整ったことを告げるようなその動きは、見ている者の胸に恐怖を刻み込んだ。


 ポセイドンが手を上げると、彼の前で砂鉄が集まり、回転しながら3つの塊を作り出す。

 その塊は次第に鋭く形を変え、黒い槍のような姿を見せた。


「生存者たちは廊下の奥まで下がれ!」


 権が短く指示を飛ばし、正一もそれに続く。


 次の瞬間、3本の「トライデント」が発射された。

 その速度はまさに音速を超え、視界を裂くように突き進んでくる。


「速い……けど、アポロンの矢と同じだ!  

 軌道が単純なら避けられる!」


 正一は瞬時に動き、権もそれに合わせて回避行動を取った。

 だが――


「追尾してくる!?」


「トライデント」は2人を執拗に追いかけ、逃れようとする動きをことごとく追尾する。

 その結果、防御に回るしかなく、権と正一は腕を交差させて防御するが、強烈な衝撃で壁に叩きつけられた。


 その中で唯一、黒鉄鉄貴だけが冷静に動き、槍を緩やかに避ける。

 まるで砂鉄の動きを完全に読んでいるかのようだった。


「お前たちの電磁バリアを利用しているから必中だと言ったはずだ!」


 ポセイドンは嘲るように笑うが、その笑みはすぐに変わる。


 彼の目が、鉄貴に向けられた。


「ただの人間が、アレス様を討つ一助になったと聞いた時は驚いたが……なるほど、事実だったようだな」


 ポセイドンの言葉には、一瞬の苛立ちがにじむ。

 彼の視線は鋭く、鉄貴の全身を値踏みするように動いていた。


「今見せた動きで確信した、トライデントを、そんな緩慢な動作で避けるとは……」


 その声は冷静さを装っているが、わずかな震えが混じっていた。


 ポセイドンは冷静さを装いつつ、内心で脅威を感じているのが伝わる。

 砂鉄の軌道を支配する自らの磁力を前に、それを読んで対処する鉄貴の存在が異質すぎた。


「面白い……だが、その余裕も長くは続くまい!」


 ポセイドンは砂鉄をさらに収束させ、新たな槍を形作りながら冷静に戦況を分析していく。

 次の攻撃は、さらに容赦なく、そして正確に迫ってくるだろう。


 権たちは鉄貴に目を向けながら、再び立ち上がる決意を固めていた。


(続く)


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