第15話 抗えぬ運命
「そんで、お前さん達は秘密結社オリュンポスとやらに狙われて、あの爆発はその幹部デュオニュソスとやらが起こしたもんだと。」
酒巻警部の静かな問いかけに、冷たい風が隠れ家の廃墟を通り抜ける音だけが応える。権たちは無言で頷いた。
崩れた壁の隙間から差し込む月明かりが、瓦礫を照らしている。その光景が、この場の異常性をさらに浮き彫りにした。
「俺も聞いていた。そいつがオリュンポス幹部、デュオニュソスを名乗っていたのはな。」
鉄貴の声には、一切の迷いがない。その低い響きは、広間の沈黙に鋭く切り込んだ。
「正当防衛だろう。一人、大火傷で重体の奴がいるはずだ。」
柏木警部補は唇を引き結びながら答える。
「確かに、そう言えなくもありません。鉄貴先生には、以前から警察官に武術指導をしていただいている立場ですし、先生の言葉を疑うつもりはありません。」
その目には、鉄貴への確かな信頼が見える。
「ただ……これ以上の事態は、我々警察の管轄を超えます。相手は国際的な秘密結社。そして……被害者のうち二名は国籍を持たない、いや、そもそも人間ではない存在で……」
深明の隠れ家――今や残骸だけが残るその場所で、冷たい風が頬を撫でる中、会話が続く。
「俺達雷人も人間だ、ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」
権が唸るように怒鳴ると、柏木警部補がたじろぐ。
「権、落ち着け。」
鉄貴が低く静かに言った。その声には威圧感があり、権は眉間に皺を寄せながらも拳を握り直す。
「……分かってる。だが、納得できる話じゃねぇ。」
権の瞳には悔しさと怒りが滲んでいた。
「その感情を、これから証明に変えりゃいい。」
鉄貴が微笑みながら言葉を続けた。
「とにかく警察は情報操作に努めてくれや。どうせ上からもそう命じられるだろうがな。それが終わり次第、俺達はオリュンポス山へ行く。」
「正気なんですか!」
柏木が声を上げる。
「あぁ、儂は正気だ。」
鉄貴が口元に笑みを浮かべる。その瞳には冷静さと揺るぎない自信が光っていた。
「恐ろしい相手じゃねぇ。ただ速い、力がある、雷を操るだけだ。そんなもん、儂には大した脅威でもなんでもねぇよ。」
鉄貴は微笑を浮かべながら言う。
その落ち着いた声には、恐れや迷いは一切ない。
「ただし、儂は戦うつもりはさらさらない。俺の役割はアドバイザーだ。それでも怖いなら……見せてやるさ、儂の本気をな。」
柏木警部補は、鉄貴から風を感じた気がした。
その途端、足から力が抜ける。
まるで、自分の身体が別の誰かの身体のように感じられた。
「何が、起きたんですか……?」
恐る恐る、柏木警部補が鉄貴に問い掛ける。
「なあに、殺気を飛ばしただけだ。まだ本気の序の口も出してねぇよ。」
そう言って、鉄貴はニカッと笑った
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「伝令神ヘルメス、ただいま戻りました。」
ギリシャのオリュンポス山、その地下にある秘密結社オリュンポスの本部。
そこに伝令役ヘルメスは帰還していた。
「雷霆神ゼウス様のお出ましだ――頭を垂れよ。」
ヘラの声が地下の広間に低く響き渡る。彼女の言葉が終わると同時に、空気が一変した。
突如、冷たい風が吹き抜けたかのように、場の温度が下がる。
その風は、ただの空気の流れではない。
そこにいる全員が感じた。
それは神の威光そのものだった。
重い足音が遠くからゆっくりと近づいてくるたびに、地面がかすかに震え、まるで地下そのものがゼウスの存在を称えるように響く。
10人の幹部たちは、その音を聞くたびに息を詰め、顔を伏せた。
「ゼウス様のお通りだ。」
ヘラの冷然とした声に続いて、広間の奥にある巨大な扉が音を立てて開く。
光が差し込んだ瞬間、ゼウスの巨躯がその場に現れる。
嵐を纏ったかのような威圧感が、広間全体を覆い尽くした。雷鳴のような低い響きがどこからともなく聞こえる。
彼の目は天空の稲妻を宿しているかのように輝き、その視線だけで幹部たちは動けなくなった。
「――頭を上げよ。」
ゼウスの声が落雷のごとく轟き、全員が一斉に顔を上げた。その場に漂う空気は、依然として重く、沈黙の中でさえ恐怖が明確に存在していた。
「ヘルメスよ。日本までの使い、並びに偵察ご苦労であった。」
ゼウスが、重々しくヘルメスに告げる。
「とんでもございません。『ゼウスの器』の説得と、デュオニュソス様の件について、2度も思うような結果を出せず申し訳ございません。」
ヘルメスは、ゼウスに謝罪する。
「良い。ヘルメス、そしてデュオニュソスの失敗もまた糧となる。」
ゼウスの低く響く声に、幹部たちは身震いしながら面を上げた。その目は、畏敬と恐怖で揺れている。
「だが、この程度のことを二度と繰り返すな。次は容赦せぬ。」
ゼウスの目が鋭く光ると、その場の空気が一気に凍りつく。幹部たちは無言で頷くしかなかった。
「ヘルメス、デュオニュソスの
アポロンが眉をひそめる。
「彼らの中に、雷人の強さとは異なる何かがあった。それが何なのか、私には分からなかった。」
ヘルメスの言葉に、幹部たちの間にざわめきが広がる。
「ならば、次は奴らを消し去るまで。誰一人、この山に近づかせぬようにせよ。」
ゼウスの一声で、場の空気は再び引き締まった。
「――次は、俺が出る。」
低く響く声が広間に轟き、全員が一瞬で静まり返る。その中心に立つアレスの瞳が、鋭く光を宿していた。
「オリュンポスに仇なす燎原の火は、戦神アレスが踏み消してやる。それが俺の役目だ。」
彼が一歩前に出るたびに、その場の空気が重くなっていく。力そのものを体現したかのような圧倒的な存在感に、幹部たちは自然と息を詰めた。
「素晴らしい……!」
アフロディーテが息を呑み、震える声で呟く。
「かつてユグドラシルとの戦いで、アテナ様と並び立った軍神アレス様……その威光をまた目にすることができるなんて……」
彼女の言葉に、他の幹部たちもざわめく。
その視線は一様にアレスに向けられ、期待と畏敬に満ちていた。
「ヘファイストス、壊すぞ。」
アレスの低い声と共に、彼の纏っていた巨大な鎧が音を立てて崩れ落ちた。
その瞬間、広間全体がまるで雷鳴が轟いたかのように震える。
「――あれは……!」
ヘファイストスが思わず声を上げ、崩れた鎧を見つめる。
「私が作った『アレス様の力を封じる』鎧だ……周囲を守るための最後の楔だったのに……」
彼の声は次第に震え、目には涙が浮かんでいた。
「あの鎧なしで戦うということは……全力を振るうおつもりか……」
ゼウスが重々しい口調で告げる。
「最初からそれを脱ぐとはな。ならば、敵は塵すら残るまい。行け、我らが最強の刃よ。」
「全力も何も、抑えるつもりなどない。」
アレスの口元がわずかに歪み、笑みが浮かんだ。それは猛獣が狩りを前にしたときの表情に似ていた。
彼は広間の中央に立ち、拳を握る。
その動きひとつで、まるで空間そのものが震えるように感じられる。
「――見せてやるさ。軍神アレスの名を侮った者たちがどうなるかをな。」
幹部たちはその言葉に鳥肌を立てながらも、熱狂的な拍手と喝采で彼を迎えた。
「アレス様こそが、我らオリュンポスの破壊と栄光の象徴……!」
アフロディーテが陶酔するように囁く。
アレスは肩越しにゼウスを一瞥し、短く言葉を放った。
「アレス、出撃する。」
その瞬間、広間の温度が数度下がったかのように感じられた。
それは彼の戦場への渇望と、戦神としての圧倒的な威圧感が引き起こしたものに他ならなかった。
(続く)
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