赤月夜行

地底人ジョー

30% under or,


 ――俺たちの世界に「敵」が現れて、三年が経った。


 耳元で流れる硬質なロックに、意識を引き戻される。

 両腕で抱えていた「AR-15」アサルトライフルがずり落ちそうになっているのに気がつき、抱え直す。

 ついでに備え付けの固いベンチへ深く座り直し、そっと周囲を伺った。

 乾いたエンジン音に揺られる輸送トラックの荷台は、先ほどとまったく同じ様相に見えた。

 両サイドに据え付けられた2列のベンチには、思い思いの戦闘服――少なくとも本人達はそう思っている――に身を包んだ老若男女たち。それぞれが、それぞれの得物を抱えて俯いている。

 誰も、一言も発しない。

 埃っぽい空気を肺に送り込んでは、立ちこめる砂煙の中へ返しているだけだ。

 何か見てはいけないものを見たような気分になり、俺は視線を上へ逸らす。

 荷台を囲う鉄板と天井の隙間から、明るい月がこちらを覗いていた。

 見たことのない月だ。

 自分の住んでいたアパートから見えていた月は、せいぜい本屋かCDショップにでも並んでいそうな、こぢんまりとして行儀の良い、自信なさげな月だった。

 しかしあの月は、煌々と赤白い輝きを迸らせ、俺を睨み付けている。

 不意に、けたたましく流れていたギターリフが止まった。

 俺は、ほっとした気になってそちらを見る。

 首にかけたヘッドホンの上。埃にまみれ、なおも金に輝く短髪の奥から、青い目が月を睨み返していた。

 この奇妙な旅の道連れとなった少女、ゾーイだ。

 忍び寄る寒さにとうとう負けたのか、胸元まで開け放っていたジャケットを上まで締めようとしていた。タンカラーの「AKMS」から伸びたスリングを邪魔そうに押しのけ、ゴソゴソとジッパーを上げている。

 俺の視線に気がつき、少し手を止めるゾーイ。どことなく気まずそうに、月へ八つ当たりの視線を投げている。

 ゾーイは月を睨んだまま、ぽつりと呟いた。

「ひと雨、くるかもな」

「……分かるのか?」

 独り言のような呟きに、少し迷ったが問いを投げてみる。

 ゾーイはフッ、と息を吐くと、表情を緩ませた。

「赤い月は、雨を呼ぶんだ」

 言ったきり、分厚いジャケットに包まれた体を鉄板に預け、目を閉じるゾーイ。

 俺は口の中で、そうか、と返し、月を見上げた。


 エンジン音が唸りを増し、体がわずかに傾ぐ。

 坂を下り始めたのだ。

 赤い月が、ただそれを見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤月夜行 地底人ジョー @jtd_4rw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ