第二話 狂ってきた私の中身
翌日。
私は気だるげに母の声でゆっくりと起き上がった。昨日は衝撃の連続でなかなか寝付けなかった。
「私は不来方さんのことをどう思っているんだろ……。」
口に出しても分からなかった。今までこんなことは一度もない。それに同性である女性相手にだ。
学校で何回か自慰行為に耽ってしまったことが蘇り憂鬱になる。なぜあんなことをしてしまったのか。それも学校で。
重い頭を抱えながら、制服に着替え、朝食を済ますと家を出る。
そこにはグループの中でも特に親しい友人が待っていた。
「おはよー!咲希ー!」
「おはようね、萌絵。」
元気よく挨拶をしてくる友人に思わずくすりと微笑む。
彼女の元気な姿には、こちらも元気をもらっている。
彼女は
身長は153cm。私よりも5cm低い。ちっちゃくて可愛い。髪型は栗毛色のストレートロング。そのちっちゃい体格に似合わずバレー部に入っている。リベロ?というポジションでいつも走り回っているらしい。
萌絵と他愛ない話をしながら学校に向かう。にこにこと笑いながら、昨日あったことなどを話す萌絵に、憂鬱だった気持ちが癒されていく。
話しているうちにあっという間に学校だ。近くの学校を選んだおかげで登校に苦はない。
上履きに履き替えクラスに向かう。そりゃ同じクラスだから必然的に会うことになるのだが。
やはり難しそうな本を読みながらも無表情を貫く彼女がいた。
せっかく忘れようとしていた昨日の出来事が鮮明に蘇ってしまう。
体中が熱く火照り、頬を紅く染め、下腹部がじんわりと疼いてくる。心做しか呼吸も浅くなる。
「大丈夫、咲希ー?」
「なんでもないよ……。」
そんな私を心配してか、萌絵が私の顔を下から見上げながら聞いてくる。
できるだけ、心配なさそうに取り繕いながら微笑み、そそくさと自分の席に座る。
朝からこんなことになるなんて。これからどうすればいいんだろ。彼女の姿を見るだけでこれとは。
他のグループのメンバーも登校し、いつものように会話をする。雑念を振り払うように。極力、彼女を見ないように。
―――――
昼休み。
滞りなく授業が進み、昼休みになる。
一旦、グループから離れ、昼食を購買に買いにいく。購買のパンが結構おいしいのだ。
いくつかパンを買い、教室に戻っていく道中でそれを見つけた。
学校の裏が山になっていることで夏場はよく虫が湧く。
山から飛んできたのだろう。コクワガタのメスが力なく地面をノロノロと動いている。
そこそこ気温も上がり、夏が近くなっていることが分かる。暑さにやられて弱っているのだろう。
いつもなら素通りしていたが今回は違った。
そっと摘みあげる。弱っているためかあまり抵抗しない。そのまま制服のポケットにしまい込むと教室に向かった。
教室に着くと彼女の姿はなかった。
机の上に弁当箱が広げられているところを見ると化粧室に行っているのだろう。
彼女の机の近くを通るとき、そっと気付かれないようにポケットに手を忍ばせるとコクワガタのメスを取り出し、椅子の近くに落とす。
落ちて少しもがいたあとはじっとしている。
それをちらっと見ながらグループの輪に入っていく。
買ったパンをついばみながら、彼女が来るのを待つ。
既に胸の鼓動は速くなり、頬も紅く染まっていく。
コクワガタのメスは今どのような心境なのか。これからどのようなことが起こるのか、不安になっているのか。それとも暑さにやられ、寿命が尽きるのをただ静かに待っているのか。
だんだんとコクワガタのメスに感情移入していく自分がいる。
もしかしたらもう一人の自分なのかもしれない。あのコクワガタのメスに自分の名前を付けよう。あれは私、谷崎 咲希だ。
そこまで考えると、実際にコクワガタのメスになった感覚に陥り、視線も巨大な机や椅子を下から見上げているように感じる。
ふと、教室の扉が開く音が聞こえる。
彼女が帰ってきたのだ。
いつも通りの無表情で淡々と席に近づく。
椅子に手をかけたところていったん止まる。
激しい振動とともに、目の前に黒い二本の柱が現れる。よく見るとそれが黒タイツに包まれた足であることが分かる。黒光りする足と白い上履きが目の前に鎮座していた。
上を見上げる。私も着ている制服、その上に彼女の顔がある。無表情ながらそれすらも様になっている整った顔立ち。私をじっと見下ろしている。
辺りを少し見渡す。周りの他の視線を見ているようだ。その後、見ていないと感じたのか、私に視線を戻す。
口角だけを僅かに釣り上げ、小さく、それでいて私を嘲笑するように笑顔を作る。
私の体をぞくりとした快楽が響き渡り震える。そんな私に気付いたのか気付いていないのか、軽くくすりと微笑むと私のよりも何倍も巨大な足をあげ、私の体を覆う。
冷たく固い、私の体など軽く潰せる上履きの靴底が触れる。
これから私は彼女に踏み潰される。ゾクゾクと体が震える。踏み潰されるというのに私は快楽に身を震わしてしまっている。
上履きの靴底が私の体を撫でる。まだ体重はかけられていない。体を撫でられる感触に思わず軽くイってしまいそうになる。
彼女が撫でるのを止めた。
ついに踏み潰すのだろう。
だんだんと上履きの靴底に体重がのしかかっていき、私の体はキシキシと悲鳴をあげる。痛みは来ない。痛みを勝る興奮と快楽が私を支配していた。
自身が潰れていく感触に包まれながら最期のときを待つ。
一瞬、一気に体重がかけられる。
死ぬんだ私っ――グシャッッ――
――――――
一気に思考が本当の自分の体に戻ってくる。
踏み潰され、無惨に靴底のシミになる感触に震え、軽くイってしまい、慌てて口元を抑えるが熱の籠った息が漏れてしまう。
「大丈夫?咲希ー」
萌絵をはじめグループの子が心配そうに私を見て口々に言葉をかけてくれる。
「大丈夫……。気にしないで……。」
なんとか苦し紛れに取り繕うと、視線を彼女に移す。
彼女は笑顔を浮かべたまま静かに、やはり何度かつま先に力を込めて左右に私をすり潰している。
満足したのか、やっと足をどけるとそこにはかろうじて原型を留めているが、羽はちぎれ、胴体から体液を垂れ流し、真っ平らになっている私の成れの果てがあった。
少しの間、私を見つめたあと、いつもの無表情に戻ると教室の床に私の体液を擦り付け、汚れを落とし椅子に座りまた弁当を食べ始めた。
□□□□□□
その後の授業は言うまでもなく身が入らず、ずっと快楽の熱を帯びた状態で受け続ける羽目になった。
授業が終わったあとも寄り道をせずに自宅に急いで帰り、自室に走り込むと昼休みの出来事を頭に浮かべながらも何度も自慰行為に耽った。
まさか自分が女性が虫を踏み潰す行為に興奮や快楽を覚える人物とは全く知らなかった。
そもそも知らない方が自分の為であったのに。
昨日の出来事から私の日常、人生は狂ってしまった。
特に今日に関しては顕著である。
さらに自分の中でも驚愕してしまったのは、普段は気にもしなかった萌絵の足にも目がいってしまうようになったことだ。
彼女ほどではないにしろ、萌絵の足に興味を持ってしまったことが一番戸惑いを隠せなかった。
自分はどうしてしまったのか。
なぜこんな風になってしまったのか。
倒錯的な行為に興奮してしまうようになったのか。
自分の中の変化が怖く、恐ろしくなるが、快楽はすごい。それすらも乗り越え、私の体を熱くさせ疼かせる。
彼女の行為は甘い蜜のように私の体を蝕み、着実に私を狂わせていく。
彼女の足、いや全身がまるで黒百合のようだ。黒光りする長い髪、漆黒の瞳、黒いタイツに包まれた足、全てが呪いだ。
見たら最後、呪われ狂わせていく代物だ。
今日もなかなか寝付けぬ夜になるだろう―。
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