黒百合の咲く頃に

せいこう

第一話 ある日から狂う人生

―6月上旬頃―


私は谷崎たにざき 咲希さき

身長は158cm、まあまあな感じ。

髪型は金髪セミロングのゆるふわカールというやつだ。最近のお気に入りの髪型。この学校は校則が緩く、染めてもなにも言われない。

容姿はこんなの。


高校は大学附属の女子高を選んだ。

私は男があまり好きではなかったし、若し恋愛関係にある男女の何れかと知り合ってしまった場合、関係の無い自分も被害を被る事があるかもしれないと思ったからである。


高校では早い段階でクラスメイトにも馴染み、スクールカースト上位のギャルグループに所属することができた。

二年に上がってからも同じグループの仲間が同じクラスになり、何不自由なく気軽に学校生活を送れている。


今もグループでファッションの話や流行りのドラマや映画の話、イケメン俳優の話をして盛り上がっている。

そんな仲間の話に相槌を打ちながらチラッと横目である一人のクラスメイトを見やる。


身長は168cm、私とは10cmも離れている。少し羨ましい。髪型は黒髪ロングの姫カットで、いかにもお嬢様、優等生という雰囲気を纏うやつだ。

名前は不来方こずかた しずく。ほんと名前からしてもザ・日本のお嬢様って感じ。しかも学級委員もしている。

そんな彼女とは2年間も同じクラスだった。

まあ、まともに話したことはないが。


しかし、そのような人物なら様々な人に好かれると思うが、実際問題、彼女に話しかける者はいない。一年のときはチラホラ見かけたが今では、必要な用事以外さっぱりだ。

なぜかと言うと、彼女自身に問題があった。


常に無表情で、無口。おまけに誰かが話しかけてもどれも冷たくあしらう。さらに用事を頼んだとしても用が終わるとさっさと黙り込む。


そんな彼女に話しかけたいと思うやつの方がおかしいとさえ私は思う。

しかし、そんなことを言っておいて私はたまに、ふとしたときに彼女を見てしまう。


自分でもよく分からない。たまに少し見たくなってしまうのだ。まるで怖いもの見たさというか、思わず彼女の姿を瞳に写したくなる。


今日も相変わらず、席に座りながら、私たちやその他のクラスメイトなど眼中にないとでも言うように難しそうな本を読んでいる。


その顔はやっぱり無表情だ。難しそうな顔をするでもなく、笑うこともなく、涙することもなく、ただ淡々と本を読み続けている。


彼女には感情というものが無いのではないかと、少し恐ろしくなる自分がいる。


そこまで考えてかぶりを振る。


別にどうでもいいじゃないか。別に彼女に関わるつもりもないし、向こうから関わってくるつもりもないだろう。


視線を戻し、考えを振り払うようにグループの会話に割り込んでいく。


まさかこの日から自分の日常、人生が狂うとは考えもしていなかったが。



□□□□□□



放課後。

私は部活に入っていないため、授業が終わったらすぐに帰宅する。

グループの他の子達はみんな何かしら部活に入っているので帰宅部は私だけだ。みんな意外と部活に思い入れがあるらしくあまり一緒に帰ったことはない。


いつものように下駄箱でローファーに履き替えて玄関を出る。

正門に繋がる一本道を歩いていくと、見知った人物が花壇に繋がる脇道に入っていくのが見えた。


「不来方さん、なにしに行くんだろ……」


その人物は先程も話した不来方 雫だった。

美化委員会ではない彼女がなぜ花壇に行くのか不思議に思い、バレないように隠れながらその後ろを付いていった。


まあ、花を見に行くためと言ったらそれで終わりだが、しかし私には、それ以外の目的があるのではないかと変な根拠の無い自信があった。


花壇の反対側にある植え込みの木陰から彼女の姿を観察する。

傍から見たら立派なストーカーだが見ている人はいないのでセーフだ。


なにやら花壇の前にしゃがみ込みながら見渡している。


花壇の上には、春から夏に移り変わる季節であるため美しい蝶がひらひらと4、5匹舞っている。


「まさか、ほんとに花を見にきただけなのかな……」


少し戸惑いながら後ろから彼女を観察していると、彼女のすぐ横に舞っていた蝶が、寿命が尽きかけているのだろう。力なく墜ちてアスファルトの地面の上でもがき、一生を終えようとしている。


そんな瀕死の蝶を彼女は顔を向けじっと見たかと思うと、おもむろに立ち上がった。


なぜ立ち上がったのか、よく分からなかったが、彼女が体の向きを変え、こちらからも横顔が見える。


「えっ、笑っ、た……?」


それは彼女の初めて見る表情。笑顔だった。今まで見たことがなかった彼女の笑顔。その笑顔はやはり美人で様になっている。しかも、見るものを魅了するような。

笑顔に呆気にとられ、思考が止まる。一瞬、思わず見惚れてしまっていた。ほとんど話しもしたことがない相手に。しかも、同じ女性相手に。

しかし、すぐに彼女の笑顔の内側には恐ろしいような嫌な予感を感じた。

幸か不幸かその予感は嫌な方向で当たっていた。


彼女は笑顔のまま、右足をゆっくりあげると、力なくもがく蝶の上にローファーの靴底を被せる。


「なに、を……」


少しの間を置くと彼女は少し足に力を込めて美しい蝶を踏み潰す。さらに踵を浮かしながら左右に躙りも加えて。


生き物を踏み潰す行為。誰しも経験はあるだろう。誤って踏み潰してしまった時。ゴキブリなどの嫌悪している虫を踏み潰した時。


どれも不可抗力や駆除を目的としたときだ。


しかし彼女は違った。


今までクラス内では見せたことがなかった、笑顔を浮かべながら美しい蝶を踏み潰したのだ。


まるで小さく貧弱な生き物を殺すことにのみ快感を覚え、無表情の仮面を取り、笑顔を見せるように。


何度かローファーのつま先で踏みにじったあと、彼女が足を退かすと、羽や鱗粉、胴体がすり潰され、アスファルトに平らに細かく原型を留めない形で残った蝶の残骸だけが残っていた。


彼女は蝶であった残骸を見つめるとくすっと微笑みを漏らしすぐにいつもの無表情になると、何事もなかったように正門に出る一本道に向かって歩いていった。


――――――


帰っていく彼女の後ろ姿を見つめながら私は動くことが出来なかった。


衝撃の出来事が多すぎた。

彼女の初めて見る笑顔、蝶を踏み潰したこと、何事もなかったように帰っていく姿。

どれも予想もしていなかったことだ。

それだけに状況もよく分かっておらず、困惑するだけだった。


しかし、私の頭の中には先程までの出来事で埋め尽くされていた。


彼女の笑顔、行為が頭から離れない。


見るものを魅了する笑顔。

黒いタイツに包まれた美しい足。

綺麗に磨かれたローファー。

か弱き生き物を躊躇いもなく踏み潰す行為。


私は彼女、不来方 雫に見惚れていた。

全てが見たことのない出来事。どれも美しく、まるで女神の行いように感じられた。

それは、花の香りに魅了され寄せ付けられていく蝶のように。


胸の鼓動が速くなり、身体中は熱を発したかのように暑くなり、呼吸も浅く息苦しい。


なによりも、下腹部がじんわりと熱くなっていた。優しく下着の上からなぞると湿っているのが分かる。


「ふっ、ぅ……うそ…こんな……」


今まで自分が興奮し感じたことは一度もなかった。誰かと付き合うこともしなかった。そもそも誰かを好きになったこともなかった。それ故に今のこの状態、感情に戸惑った。


「また見たい……。」


小さく呟くだけで鮮明に蘇るあの光景によりまた体が暑くなる。下腹部の疼きに身を任せ、ここが学校であることも忘れ、自慰行為に耽ってしまう。


何度かイってしまったあと、まだ体に残る熱い余韻に浸りながらおぼつかない足取りで家に帰宅した。




























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