第367話

 「動く気配は無いっスね。どう思います?姐さん」

 「総大将である焔鬼さんが警戒しろと言うんですし、このまま警戒し続けるしか無いでしょう?それに……私達の手でトドメを刺すなら今ですよ」

 「まだ生きてるのは確定なんスね」

 「当たり前です。相手は魔境の王と呼ばれる存在ですし、そうでなければ焔鬼さんが警戒する事も、ましてや私達が苦戦する事は無かったでしょうからね」


 魔境の王と呼ばれる程の実力を有している事は、桜鬼も含めて体感した。だが、強いという事は知っていても、その実力を直接試すような機会は無かったのも事実。そして、実際に戦ったが故に死ぬ覚悟を持って戦わなければならないと悟ったのである。

 

 「あの人を野放しにすれば、いずれは現世が新たな魔境となる可能性だってあったでしょう。既に荒らしてしまいましたが、魔境に比べれば豊かな自然と土地もあるこの世界を崩壊させる訳にはいきません」

 「――その割にはぁ、俺達と戦う気満々っつう顔してたけどなぁ」

 「っ!?」


 そう言いながら治癒術を施し続ける桜鬼に対し、酔鬼が小首を傾げて目を細めて口を挟んだ。微かな殺気を感じた桜鬼は、冷や汗を伝いながらも酔鬼に告げる。


 「罰なら後程にお受けします。死ねと言われれば死にましょう。ですが、今は兄様の治療が先ですし、あの人が倒れていると確定した訳じゃありません。ですから、今はまだ待っていただけませんか?必ず、この場の償いは致します。口約束ではなく、私自身の魂に誓って……――っ?」


 桜鬼の宣言を遮るようにして、突如として周囲を膨大な妖力が覆い尽くした。焔鬼の予想通り……まだ戦いは終わっていなかったのである。それを理解した黒騎士達は、治療中の焔鬼の代わりに覇鬼との距離を詰め始めた。


 「先手必勝っ!!ぜってぇやらせねぇっ」

 「待つんだ狂鬼っ、そいつは罠だっ!!!」

 「っ!(何だこいつは!?こいつからは妖力が……まったく感じられねぇ)」

 

 大斧を覇鬼へ振るった狂鬼は、片手で受け止めた覇鬼の状態を見て目を見開いた。動いているし、攻撃を止めたのは事実。だがしかし、それでもその覇鬼からは感じられないのだ。

 妖力も、そして……生気すらも――。


 「『本当に見事だ、我が子たちよ。これは世の褒美だ……遠慮なく受け取るが良い』」

 

 その場に居る者全ての頭の中で響いた覇鬼の声。その声が何処から発している物なのか、それを探るようにして溢れている妖力に感覚を研ぎ澄ませる。姿は見えないが、気配を感じる事が出来る可能性があると判断したのだろう。

 だがしかし、誰も覇鬼の気配を感じる事が出来なかった。ただ一人を除いて……。


 「――っ」

 「兄様?」

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