第366話

 上体を起こした覇鬼の様子を見据えつつ、焔鬼は刀を構えながら目を細める。しかし、焔鬼の視界は既に霞み始めていた。それもそのはず……焔鬼の胸は覇鬼によって貫かれている状態なのだ。

 霞んでいく視界の中で、ユラリと揺れる覇鬼の人影を見据え続ける。次第に刀を握る力も無くなっていくのを感じつつも、まだ戦いが終わってない事を理解しているのだろう。

 そんな焔鬼の様子を気にしている茜と桜鬼は、顔を見合わせつつも爆煙の中に居る覇鬼のシルエットを見つめる。妖術の手応えはあったと感じているが、互いに考えている事は同じだろう。

 

 ……覇鬼が、この程度の攻撃で死ぬとは到底思えない。


 そう考えているのは、茜や桜鬼だけではない。この場に居る全ての者達が、同じ事を考えて焔鬼と共に覇鬼の動向を探っていた。しかし、これ以上の戦いは焔鬼にとって大きな負担となるのは間違いない。

 そんな事を思ったからか、断られたにもかかわらず桜鬼は治癒術を焔鬼に施そうとする。その様子に呆れつつも、咎めずに術を受け入れた焔鬼は肩の力を抜いて告げる。


 「茜を中心に、全員で覇鬼の動きに警戒しててくれ。どっかの誰かさん達が、このままで居るのが気になるらしいからな」

 「当たり前!」「当たり前ですっ」

 「お、おおう……」


 茜と桜鬼から同時に言われる事を予想してなかったのだろう。焔鬼は目を丸くしながら、治癒術を受け続ける。焔鬼の言葉通り、茜が中心となって覇鬼の動きを警戒し始めている。

 怪我の治療を受ける焔鬼の意識は、傷を気にし始めた途端に更に朦朧とし始める。痛みを全て闘争心に変えてたからだろうが、傷の深さを自覚した瞬間に焔鬼の全身に激痛が走る。


 「あまり無理なさらないで下さい。普通の人間なら、生きてる方が不思議なくらいの傷なんですから」

 

 茜が心配するのも当然です、と桜鬼の言葉を受けて焔鬼は茜に視線を向ける。覇鬼の様子に集中している茜は、焔鬼の視線に気付く様子は無かった。しかし、茜の様子を眺める焔鬼に対し、桜鬼は肩を竦めながら告げる。


 「茜を含め、兄様に居なくなられるのは困るんです。自分の立場を理解してくださいね?」

 「……あぁ、そうみたいだな」

 「っ……な、何ですか?」

 「お前に心配されながら小言を言われるのは、何年振りだろうなって思ってな」


 そう言いながら微笑む焔鬼の表情を見て、桜鬼の表情は動揺に包まれたのだった。

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