第368話
「……っ」
「兄様、どうかしたのですか?」
周囲の妖力の気配の中で、焔鬼は何かを感じ取ったのだろう。その様子は、治癒術を施していた桜鬼に伝わった。しかし、桜鬼の問い掛けに対して焔鬼は答える様子は無かった。
いや、答えようとしたのだが、答える暇が無かったのである。
「離れろっ!」
「っ!?」
何故なら、気配に気付いた焔鬼は咄嗟に刀を構えながら桜鬼を押したからである。押された桜鬼は驚きを隠せない表情を浮かべていたが、焔鬼との距離が空いた瞬間に現れた人影に視線が動かされた。
そこには、傷だらけで焔鬼に斬り掛かる覇鬼の姿があったからだ。
「良くぞ気付いた。褒めてやろう」
「わざと分かるように動きやがって。周囲にある妖力は囮か?」
「その通りだ。視覚や聴覚は、貴様の仲間が優れているからな。利用させてもらったまでの事、これも立派な戦術だ」
「そのまま隠れて逃げれば良いものを……わざわざ斬られに来たのか?」
「フッ、世がそのような愚行をすると思うか?残念だが、世はそこまで馬鹿ではない」
「ぐっ……!」
「貴様もその深手では、世の攻撃を完全に止める事は不可能だろう?何、安心するが良い。すぐに貴様の仲間も同じ場所へ送ってやる」
焔鬼の前に姿を現した覇鬼。その覇鬼と鍔迫り合いをしている事に気付いた鬼組幹部と黒騎士達は、すぐに焔鬼の加勢をしようと地面を蹴った。だがしかし、覇鬼はその行動を読んでいたのだろう。
焔鬼と鍔迫り合いをしながら、空いている片手で印を結んで妖術を発動した。
「くっ、これ以上は近付けないっスよ!!」
「壁……してやられました。どうやらこれは結界のようですね。しかし、この程度で結界は押し通れば良いのです!!」
「最初からそのつもりっス!!!」
見えない壁……結界に行く先を阻まれたハヤテと刹那は、外から結界を破壊しようと攻撃を仕掛ける。だが、残りの妖力を使って展開した結界なのだろう。鬼組の幹部の二本柱であるハヤテと刹那の攻撃でも結界を破る事が出来なかったのである。
「っ、これでも駄目なんスか!?」
「くっ(焔鬼さんは満身創痍。覇鬼も手傷を負ってるとはいえ、焔鬼さんより余力がある。このままではっ)」
攻めあぐねているハヤテと刹那の背後から、「退いて」と言いながら結界へ殴り掛かる魅夜。妖力を解放して身体能力が向上している魅夜でも、その結界を破る事が出来なかった。
「くっ、ボクの力でもダメなの?」
「全員で一斉攻撃するっスよっ!!僅かでも亀裂が入れば、こっちのもんスよ!」
「分かった。タイミングは任せる」
「そんじゃ、行くっスよ!!!――せーのっっ」
一斉に結界へ攻撃を仕掛ける鬼組幹部一同。その様子を嘲笑する覇鬼は、鍔迫り合いしている焔鬼へ視線を戻して告げたのである。
「藁にも縋る思い、か?だが、貴様等では力不足だ。それを何というか知っているか?」
ニヤリと笑みを浮かべた覇鬼に対し、焔鬼は背筋が凍る程の悪寒が走った。そして覇鬼は、手刀を構えながら言葉を続けたのである。
「――滑稽な足掻き、というのだ」
その言葉を聞いた瞬間、焔鬼の視界は淀んだ妖気に包まれてしまった。
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