第314話
手の平で負った火傷に対し、口角を上げて覇鬼は目を細めた。
「世にわざと刀を掴ませたか……小賢しい真似をするようになったな」
「正攻法じゃ敵わないからな。それに、今回の相手はオレだけじゃないしな」
「……(あの一瞬で距離を詰めたか)」
焔鬼がそう言った途端、覇鬼は背後の気配を察知した。焔鬼が動き出して刀を振り下ろすまで、ハヤテは自身が動き出すタイミングを見計らっていたのだ。
先に動き出していた狂鬼は、自分よりも速く移動したハヤテの姿を見据えた。力を抑えていた訳じゃない。しかし、咄嗟の判断で動いたにもかかわらず、ハヤテに追い越されてしまった状況は悔しいのだろう。
「(オレの後に動いた癖に、オレよりも速い?……あの野郎、随分と手を抜いて戦ってたのか)」
黒騎士を抜け、鬼組に身を置く事を選んだ。その間、組手相手として鬼組の幹部達と戦っていた。しかし、戦える相手が多かった訳じゃない。だが、どんなに苦戦した相手の中でも……ハヤテだけは読めなかった。
どんなに戦いを挑んでも拒まれ、戦ったとしても適当に相手をされているようで納得出来なかったと狂鬼は記憶している。だが、実際は違ったようだと狂鬼は理解したのである。
「世の背後を取るとはな、自身の力に制限でも掛けているのか?ハヤテよ」
「気安く俺の名前を呼ばないで欲しいっス。それに俺の口から出た言葉よりも、アニキから奪った記憶を参考にすれば良いんじゃないっスか?」
「確かにその通りだな。だが、貴様も世の事を知っておくべきだったな」
「――っ!?(背中の腕、アニキが斬ったはずじゃ……もう再生させたんスか)」
咄嗟に距離を取ったハヤテだったが、後ろへ跳ぼうとした瞬間に目を見開いた。
「世の前から逃げる事は許さぬよ」
「(体が、動かない?)」
「妖術、影縫いだ……貴様の動きが世の手中となった。さぁ、どうする?逃げなければ死ぬだけだぞ?」
「はは……その言葉、そっくりそのままお返しするっスよ」
「何?」
その言葉に目を細めた覇鬼に対し、ハヤテはニヤリと笑みを浮かべて覇鬼の腕を掴み取った。そんなハヤテの行動を読んでいたのか、焔鬼は刀を振り下ろしたのである。
「っ……チッ、避けやがったか」
「流石は魔境の王スね、この程度で倒せる程甘くないっスか」
「そう言うがな、ハヤテ」
「ん、何スか?アニキ」
「随分と速度が落ちたな。久し振りで動きが鈍ったか?」
「冗談は止めて欲しいっスね、俺はアニキの右腕っスよ?本気で動いたら、アニキが追い着けないかもしれないじゃないっスか」
「へぇ、じゃあ試してみるか?」
口論のような事をし始めた焔鬼とハヤテ。そんな二人の様子に眉を顰める覇鬼だったが、刹那は溜息混じりにその場に居る仲間達に告げたのだった。
「はぁ……皆さん、少し距離を取りますよ」
「はぁっ!?止めなくて良いのですか?」
「良いんですよ。あぁ、離れる際にスペースを出来るだけ開けて下さい」
巻き込まれますよ?と刹那が言葉を付け足すと、思わず桜鬼は小首を傾げる。どういう事かと説明を求めようとした時には、既に鬼組の妖怪達は多少の距離を取り始めていたのである。
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