第313話

 「――まぁほーくんとの問題は後に回すとして、今はあっちをどうにかしないと」

 「そのまま素直に諦めてくれると有難いんですけどね」

 「はぁ、諦める訳ないじゃん。さっきの事、許した訳じゃないからね?勘違いしないように!」


 桜鬼を指差す茜だったが、桜鬼は目の前に立つ覇鬼の姿を見つめる。見た目は焔鬼と同じ姿だが、内から溢れている妖力と気配の濃さが違う事を理解した。先程まで一番近くで行動していたというのに、今の今まで気付けなかった事に苛立ちを覚える。


 「貴方が、魔境の王なのですか?」

 「フッ、世の前に敵として立つ事にしたのか。随分と忠誠心の無い事だな」

 「私が忠誠を誓っているのは貴方じゃありません。ここに居る兄様こそ、魔境の王に相応しい方です」

 「騙されていた事を根に持っているのか?気付けなかったのは貴様の落ち度だ、世に責任を押し付けるとは甚だしいぞ」

 「くっ……言わせておけば――っ!」


 覇鬼の言葉に苛立ちが怒りに変わり、桜鬼は覇鬼に向かって妖術を放とうとした。しかし、それを焔鬼は首を左右に振って制した。止めた事に疑問を抱く桜鬼だったが、焔鬼の目を見て術を破棄する。


 「落ち着け、サクラ……奴は妖力を変える事も出来るし、実力はお前以上だ。腐っても魔境の王だからな、迂闊な攻撃は身を滅ぼすぞ」

 「ぐっ……」

 

 その言葉に術を破棄した桜鬼の様子を見て、焔鬼は改まった様子で覇鬼へ顔を向けた。視線を向けられた覇鬼は、口角を上げて嘲笑した様子で焔鬼に問う。


 「どうした?我が息子よ。世に何か言いたい事でもあるのか?」

 「言いたい事?そんなもんは山程あるが、今言った所でただ虚しいだけだ。お前はサクラの気持ちを分かっていながら、オレの記憶を見て利用したんだろう?他の黒騎士の奴等も利用したお前に負ける訳にはいかねぇと思っただけだ」

 「ハッ、貴様等がいくら束になろうとも、世を倒す事は出来んよ。あえて言おう、不可能だ」

 「んなもん、やってみなきゃ分からねぇよ」

 「二年前に容易く敗北した貴様なら、理解していると思ったのだがな……」

 「――っ!」


 覇鬼が肩を竦めて目を閉じた途端、誰よりも速く焔鬼が距離を詰めた。地面を蹴った瞬間、動き出しが見えなかった面々は目を見開く。しかし、目を閉じて油断していたはずの覇鬼はニヤリと笑みを浮かべて告げるのだった。


 「残念だ。我が息子として殺さず生かしたが、悔い改めるとしよう」

 

 距離を詰めて刀を振り下ろそうとした焔鬼に対し、覇鬼は動かずに片腕を上げる。刀を掴み取った覇鬼に目を見開いた焔鬼は、身を引こうとした瞬間に背中から生えた腕によって拘束されてしまった。

 身動きを封じられたと同時に、もう片方の手と生やした手の間に妖力が急激に集まっていく。その様子を見た面々は、一瞬の間に起きている最中で声を荒げたのである。

 

 「ほーくんっ!」

 「兄様っ!」

 「アニキ!」

 「焔っ!」

 「焔さんっ!」

 「焔鬼様!」

 「焔鬼殿!」

 「くそっ……させるかよ!」

 『総大将っ!!!』


 禍々しい妖力の光を見た瞬間、声を荒げる面々と動き出した狂鬼。そんな妖力の光に包まれる最中、焔鬼は覇鬼にしか聞こえない声で言うのだった。


 「良いのか父上殿、刀を掴んでさ」

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