第276話

 酔鬼の介入によって、敗北する結末を逃れた魅夜。そんな魅夜を抱えて、その場から立ち去った酔鬼を見送った覇鬼は肩を竦める。


 「ふむ……酔鬼と相対すると思ったが、どうやら奴は分を弁えているようだ」


 顎に手を添えながら、そう呟いた覇鬼はニヤリと笑みを浮かべる。周囲へ視野を広げた際、魅夜を抱えて距離を取る酔鬼は勿論、それ以外の者達がどうしているのかを把握したのだろう。 

 不敵な笑みを浮かべた覇鬼は、容姿を戻し、焔鬼だった姿は消滅した。空蝉でしかない焔鬼の姿から元に戻した覇鬼は、白髪に黒髪が織り交ざっている長い髪を揺らす。

 

 「さて……少しばかり挨拶をするとしよう、世の凱旋であると」


 両手を広げた覇鬼は、自身の妖力を上昇させる。焔鬼の妖力と遜色無かった気配は徐々に変貌していき、やがて全く別の気配が拡がり始める。暗雲が暗雲を呼び、幽楽町全体を覆い尽くそうとして動く。

 その様子と気配に気付いた幽楽町の妖怪達は、目を見開いて動きを止めた。いや、止めざるを得なかった。動く事が許されないと錯覚してしまう程、その気配は黒く、深く、その存在のみで支配しようと圧し潰そうとしていたからである。


 「っ!……この気配は」

 「ははは……不味いっスね、こりゃ。本当に不味いっスよー、姐さん」


 空を、世界を、空間全てを覆い尽くしていく様子を見てハヤテは苦笑する。しかし、その表情には冷や汗が伝っていた。隣に居る刹那も含め、町に居る全ての者が理解しただろう。

 

 本物の化け物が、この町に君臨したという事を……。


 そんな気配を強く感じる中、一人の男は暗雲を見据えて空を見上げて呟いた。


 「この気配、懐かしいな。――いや、もう一つ懐かしい気配があるな」

 

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