第271話

 ハヤテと刹鬼が衝突した瞬間、互いの妖力が干渉し合ったのだろう。全身を斬り刻まれた刹鬼の脳裏には、ハヤテの妖力から記憶の一部が見えた。

 桜の木の下で正座して頭を下げ、一人の男と盃を交わすハヤテの姿。それを見た刹鬼は、倒れたまま灰色の空を見つめて口を開く。


 「……テメェにとって……あの人は、どういう存在、だったんだ……?」

 「俺が命を預けられる人っスよ」

 

 倒れたまま、ゆっくり呼吸を繰り返す刹鬼。深い傷がある事で、ヒューヒューと微かに空気が漏れるような音が聞こえている。既に満身創痍な状態であり、虫の息である事は理解しているのだろう。

 ハヤテは刹鬼を見下ろしたまま、目を細めて纏いを解いた。


 「っ……最期に……テメェの名を、改めて……聞いていいか?」

 「良いっスよ、しっかり聞いて逝くと良いっス」


 そう告げて口角を上げたハヤテは、親指を自身に向けながら言葉を続けた。

 

 「鬼組総大将代理、ハヤテ……俺はあの人の右腕だ!」

 「……その名……忘れねぇぞ……」


 刹鬼はそう呟くと同時に消滅していった。その姿を見送ったハヤテは、大きく安堵の息を吐いて座り込んだ。


 「はぁ……疲れたっスわ」

 「随分と苦戦していましたね」

 「姐さん……ご無事で何よりっスよ」

 「だらしないですよ。それでもあの方の代理ですか?」

 「手厳しいっス」


 白装束に身を包んだ刹那は、座り込んでいるハヤテを見下ろす。手を貸す事はしないで、ただ刹那は消滅してしまったそれを見据える。

 灰になったのか、砂になったのか、姿形はもう無くなっている。それを見据える刹那は、座り込むハヤテに一度だけ視線を送った。


 「(纏いを使う程でもない相手に全力を出すとは、相変わらずのようですね)」


 そんな事を考えながら、ハヤテが回復するのを待つのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る