第261話

 「――やはりこっちの方が動きやすい」


 口角を上げながら、鬼化した茜が手を動かしながらそう言った。手を握ったり開いたり、自分の体を軽く動かしている。過去の記憶と相違ない妖力と凄まじい気配。そして当時、焔鬼が元に戻した時に時間が戻ったように思えていた。

 何故なら鬼化した茜の額には角が生えているが、片方の角は切断されてしまって歪な形となっている。それは確かに以前の姿だ、と理解出来た桜鬼。

 その様子を見ていた桜鬼は、キッと睨み付けて奥歯を噛み締める。咄嗟に一枚の札を取り出した桜鬼だったが、取り出したばかりの札が切断されてる事に目を見開く。


 「……っ!?(恐ろしく速いっ)」

 

 ハラリと札が地面に落ちる瞬間、戸惑いながらも茜との距離を取る桜鬼。距離を取った桜鬼に対し、茜は刀を肩に置きながらニヤリと笑みを浮かべて言った。


 「どうしたんだ、サクラちゃん。随分と間抜けな表情カオになってるぜ?」

 「……お前は茜なのですか?」

 「何を言ってるんだ?私は私だ。この姿も私だし、あの頃の私も私だし、人間として過ごしたのも私だ。

 「そんなはずあるか!お前が暴走した時、あの時のお前に理性が残ってなかったはずだっ。無意識だったからこそ、あれだけ暴れたんじゃないのかっ?」

 「……あぁ、あの時は私自身の妖力が不安定でな。闘争心っつう本能を剥き出しにしてたからな。どうにも出来なかったな」

 

 茜は歪な形となっている片角に触れ、初めて鬼化してしまった時の事を思い出す。細められた目と微かに上がった口角から、少しばかり後悔の念を感じた。しかし、桜鬼を覆い尽くす気配を警戒せざるを得ないのだ。

 物悲しげな表情を浮かべているが、茜から漏れている妖力は凄まじいものだ。少しでも気を抜こうものなら、気力すらも一気に気圧されてしまうだろう。そんな事を考えている桜鬼だったが、その様子を見る茜は目を細めて口を開いた。


 「そんな警戒けいかいするなよ、サクラちゃん。そこまで警戒きたいされちゃ……応えたくなるじゃないか」

 「っ!(き、消え……!)」


 瞬きをした一瞬の間、視界に捉えて警戒もしていたはずの茜が姿を消した。見失ってしまった事にハッとした桜鬼に対し、距離を一気に詰めた茜は刀を振り上げながら笑みを浮かべていた。

 その表情はまるで、心の底から戦闘を楽しんでいるようだった。戦闘狂のように……。

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