第155話

 「――纏い、雷鳴白虎」

 「っ!?」


 左近の視界を奪い、周囲を蒼い稲妻が覆い尽くされる。その途端に後方へと飛ばされてしまった左近は、表情を歪ませながらユラリと体を揺らして立ち上がる。全身を走る電気によって、ヒリヒリと肌を焦がされている。

 だが左近は、その痛みを放置して目の前の敵を睨み付ける。


 「お前、その姿は何だっ?」

 「……」

 「まだそんな力を隠していたのか。私に出し惜しみをしていたというのか!……っ、答えろっ!」

 「だったら、何なの?」

 「っ!(最初から全力で戦えば、楽に勝てたはずだ。今の私は、焔鬼様から妖力を授かった。にもかかわらず、それでも私の本能が言っている。――今の猫には、どう抗っても私では勝てないと)」


 目を細め、左近の問いを平坦に答えた魅夜。そんな魅夜に対し、左近は本能から全てを理解するように奥歯を噛み締める。しかし、脳裏に残ってしまった言葉を裏切る事は出来ないでいた。

 既にその言葉と妖力を受け取ってしまった左近には、という選択肢は無い。否……逃げ出してはならなくなってしまっているのだ。

 それを理解してしまった左近は、目を閉じて深く呼吸をし始める。自ら理性を落ち着かせる為か、覚悟を決める為か。それともその両方か。

 

 「来ないの?なら、ボクから行くけど……」

 「……すぅ……はぁ……どのみち、私はお前を殺さなくてはならない理由がある。お姉様の仇であるお前を、許す事は決してあってはならない。ましてや、お前から逃げるなんて以ての外だっ!」


 やがて目を見開いた左近の妖力が、凄まじい勢いで魅夜の視界を覆い尽くす。風圧となって視界を奪われたが、魅夜はその場から動かずに微動だにしない。その様子に苛立ちを覚えつつも、左近は覚悟を決めた。


 「――私は黒騎士補佐、暗部が所属。左近」

 

 そう名乗ったを聞いた魅夜は、静かに構えて口角を上げながら言った。


 「鬼組幹部、魅夜」

 「魅夜、か。――っ!」

 

 その言葉を聞いた左近は口角を上げ、そして静かに地面を蹴った。急接近する左近だったが、力を完全に解放した魅夜に勝ち目はない。それでも引かなかったのは、逃げる選択肢が無かった事が大きいだろう。

 だが、そうだとしても左近は実の姉である右近の仇を取るという目的があった。引く訳にはいかない。しかし、それでも魅夜には……届かない。


 「ぐっ……!」

 「……」


 擦れ違った左近は、数秒後に血反吐を口から垂らした。痛みに耐えるが、すぐに自分が死に至ると理解したのだろう。微かに振り返り、一歩も動いていない魅夜の背中を視界の端で見つめる。

 そして小さく笑みを浮かべ、静かに倒れたのであった。もはや虫の息、すぐに息絶えるはずなのは一目瞭然。だが左近は、微かに残っている力で這いずり始めた。ただ一点を見つめ続けるように。


 「……」


 振り返った魅夜は溜息を吐き、目を細めて面倒そうに足を運んだ。そして、静かに這いずる左近に手を伸ばした。

 

 「な、にを……す、る」

 「黙ってて。お前と喋るなんて、虫唾が走る」

 「……」

 

 一歩ずつ、しっかりと支えながら歩いていく。それを手助けする行動を不思議に感じた左近だったが、やがて辿り着いた途端にその疑問は晴れてしまった。

 自分の意図を、願望を、欲望を。ぶつかり合い、全力で戦った事で理解されてしまったのだろうと感じたのだろう。左近は魅夜から離れ、よろめきながら足を運ぶ。やがて倒れた左近は、その場で静かに息を引き取った。


 「……礼は、言わ、ないぞ」


 静かに、魅夜にすら聞こえぬような言葉を残して。


 「別に良い。独りは、寂しいものだから。――ボクも、独りは嫌いだから」


 そう呟いた魅夜は、踵を返してその場から立ち去った。残ったのは、抱き合う双子の鬼の姉妹の姿。その双子は幸せそうな表情を浮かべながら、静かに眠っていた。

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