第125話

 「右近お姉様っ!」

 「ぐっ……私の事は良いですから、あの猫を八つ裂きにしなさい!」


 歩み寄った左近だったが、右近のその言葉に従って魅夜との距離を詰めようとした。だがしかし、既に魅夜の姿が左近の視界から消えていた。


 「腕を切られても、あまり声をあげないんだね。偉いと思うよ。ボクは五月蝿いのが嫌いだから、褒めてあげる」

 

 森の茂みに姿を隠した魅夜は、姿を見せずにそう言った。切断された片腕を押さえる右近は、周囲から魅夜の気配を探ろうと睨み付ける。まるで鬼の形相となっている右近に対し、左近は右近の切断された片腕を気遣っているのだろう。

 右近からあまり離れず、しかし右近の言葉も無碍にしたくはない。遠くもなく近くもない距離を保ち、左近も右近同様に魅夜の気配を探る。


 「(気配はある。けれど、妖力が大き過ぎて猫の位置が特定出来ない)」

 

 俊敏性を活かし、魅夜は周囲に自身の妖力を充満させた。その結果、右近と左近に気配は探れても、詳しい位置までは特定出来ないようになってしまっているのだ。

 犬猫同様、ニオイが拡散してしまっていては特定する事が出来ないのと同じように。妖力が大き過ぎれば過ぎる程、気配が散らばってしまうのだ。だがこれはあくまで、妖力での戦い方が半人前だから生じている現象だ。

 妖力の制御が出来ている者ならば、気配を「散らばせる」のではなく気配を「消す」事に長けている。妖力を解放した事によって漏れている妖力が、逆に右近と左近の感覚を鈍らせてしまっているだけに過ぎない。

 慣れてしまえば、魅夜が勝つ事は難しいだろう。だがしかし、倒すのならば今が好機。いや、勝つには今しかない。


 「終わらせるっっっ!!!」

 

 木々を蹴り、高速で移動し始めた魅夜。狙うは負傷している右近の首のみ。消耗している今こそ、倒す絶好のチャンス。そう思って右近に狙いを定めていた魅夜だったが、考えが甘かった事を飛び出した瞬間に理解した。

 見誤っていたのは、左近ではなく……右近の回復能力だった。


 「クク……だから言ったでしょう?その程度では、私達を倒せないと!」

 「(腕が回復してる?くっ、一度距離を取って……)――!?」

 「逃がさない。右近お姉様の腕を、体をよくも傷付けたな。猫ッ」

 「しまっ――――!」


 右近の腕が回復している事に気を取られた魅夜は、死角から攻め込んだ左近の気配を察知するのが遅れた。回避行動が間に合わなかった結果、左近の攻撃が直撃してしまう。


 「がはっ……ぐっ」


 大木に叩き付けられた魅夜は、すぐに起き上がろうと腕に力を入れた。だがしかし、それを左近は良しとしなかった。

 

 「何を立ち上がろうとしてるの?そんな事、許可した覚えはないぞ」

 「っ……」


 頭を踏み付けられ、身動きが取れなくなった魅夜。それに対し、見下ろす左近は殺気を放つ。動けばすぐに殺すぞと言わんばかりに押さえ付け、這い蹲る魅夜の事を睨み付けながら言った。


 「お姉様、このまま踏み潰して良いですか?」

 「待ちなさい左近。その役目は、私よ。それに、それだけじゃ足らないから解放してあげなさい」

 「……分かりました」


 微かに不満そうに眉根を寄せたが、右近の言葉に従った左近は魅夜を蹴り飛ばして解放した。大木に背中を預けた状態となった魅夜は、座ったまま見下ろす右近を見上げる。


 「死ぬ前に、何か言い残す事はありますか?特別に聞いて差し上げますわ」


 そんな右近の言葉を聞いた魅夜は、嘲笑しながら告げたのであった。


 「それは、こっちの台詞」

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