第89話

 杏嘉が桜鬼と対峙し始める頃、幽楽町の町内では未だに戦闘が続いていた。陰陽堂へ避難した一般人とそれを護衛する鬼組と陰陽堂の者達は、餓鬼を退けながら町外へと出ていた。

 そして町内には、餓鬼を退ける為に残った鬼組と元黒騎士達となった。


 町を見つめる人々の視線の先には、町内から溢れる黒煙が空へと昇っている。その黒煙の下には、黒騎士に殴り飛ばされた狂鬼とそれを手伝おうと着いて行く烏丸の姿があった。

 相手をしていた黒騎士の元へ戻る際、着いて来る烏丸を見ずに狂鬼は言った。


 「逃げなくて良いのか?」

 「覚悟は出来てます」

 「覚悟、ね。……言っとくが、オレは誰かを守りながら戦うのは御免だ」

 「分かってます。だから、死なない程度に手伝いますよ」

 「はっ、死んでも知らねぇからな」

 「その時はその時です」

 「そうかよ」


 烏丸の言葉を信用している訳ではない。同じく烏丸も、狂鬼の事を信用している訳ではない。半信半疑という曖昧な状態のまま、今まで互いに関わろうとしなかった。

 烏丸はとはいえ黒騎士である蒼鬼、剛鬼、狂鬼と距離に一線を引いていた。狂鬼はそれを理解しているのか、鬼組の屋敷に滞在しても誰かと関わろうとはしていない。

 話し掛けられれば返す程度、という具合で互いに距離が開いていたのだ。だがしかし、町を守りたい鬼組と敵を倒す元黒騎士達は、互いの利害は一致していると判断したのだろう。

 

 「――精々、死なずに頑張りな」

 「はい!」


 そう言葉を交わした狂鬼と烏丸は、黒煙に包まれている相手の前に辿り着いたのであった。


 「おヤ、珍しいネ。オマエが、仲間を引き連れるなんテ」

 

 その言葉を受けた狂鬼は、目の前の敵を見据えて目を細めて言った。


 「御託は良い。さっさと終わらせてやる、行くぞ――烏丸」

 「っ、はい!狂鬼さん!」

 「共同戦線だ」

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