第70話

 「――っ!?」

 

 増幅した威力が掌底に乗り、集束した空気が前方に竜巻を発生させた。それは真っ直ぐ豹禍へと放たれたのだが、豹禍の放った一言と共に竜巻は粉砕してしまった。

 それを見た杏嘉は目を疑ったが、舌打ちしつつも前に駆け出した。


 「この程度じゃ無理か。ならっ、こいつでどうだ!!」

 

 連続で突き出す拳に対し、豹禍は容易に回避行動を取った。それなりに力を出している杏嘉だが、豹禍は竜巻を相殺した後に何かをする気配は無い。その態度に違和感を覚えながらも、杏嘉は一度距離を取って言った。


 「手加減のつもりか?テメェ」

 「本気を出しても構わないが、それだと一瞬で終わっちまうからなぁ」

 「ふざけてんのか?」

 「ふざけてる?いいや違うな。そんなんじゃまだ楽しめねぇって言ってんだよ。お前の力はその程度か?違ぇだろ?出し惜しみしてる暇があんなら、やる気が出ないまま終わっちまうだろうが」

 「……」


 豹禍はニヤリと笑みを浮かべながら、煽るような視線を杏嘉に向けた。本気を出すには、本気を出さなきゃ出す気になれない。そんな豹禍の言葉を聞き入れた杏嘉は、苛立った表情を浮かべた。


 「九尾の力を曝せって事か?」

 「そうだ。獣人おれたちの間じゃ、決闘時には潜在能力の全てを曝け出して殺し合う。そういう掟に従ってた名残だ。俺は本気のお前と殺し合いたいし、お前は俺を殺したい。利害は一致していると思うけどなぁ」

 「なら、テメェも白狼の力を曝せ。アタイに本気を出させたきゃ、テメェも本気でやらなきゃだろ。それとも、今がそのだったか?だとしたら悪かったな」


 杏嘉は構えつつ豹禍を見据えた。豹禍の様子を伺い、挑発に乗るかどうかの反応を見る為だ。やがて小さく笑みを浮かべた豹禍は、すぐに片手で顔を覆って笑い始めた。


 「けはははははは、それで挑発したつもりか?……良いぜ、少し気が変わった。その挑発、退屈凌ぎに乗ってやるよ。――力を喰らい、血を燃やせ、我等は誇り高き銀狼、月は陰り、闇に呑まれ、自らの魂に従え」

 「っ!?(妖力が、上がっていくだと?)」


 紫色の妖力が可視化出来る程に溢れ出し、豹禍の姿を隠していく。やがて溢れる妖力の中で、豹禍はその姿を変貌させて現れた。杏嘉はその姿を見て目を見開くと、豹禍は見下した眼差しを向けながら告げた。


 「行くぜ、三下ぁ。死ぬ準備は出来てるか?」


 豹禍は、人狼と化して現れた。その姿は憎悪を抱える杏嘉でさえも、目を奪われる程に神々しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る