第65話

 豹禍が振り下ろそうとした瞬間、杏嘉の脳裏に走馬灯のような物が浮かんだ。それは過去に見た景色であり、杏嘉がまだ鬼組という組織に入ったばかりの頃の記憶だった。

 鬼組に入り、自身の実力が発展途上という事を理解した杏嘉。そんな杏嘉の組手相手となっていたのが、当時鬼組を纏めていた焔だった。肉弾戦を主体としていた杏嘉に対し、木刀で相手をしていた焔は容赦が無かった。

 組手の最中、始める前に焔は言った。


 「――鍛えると言った以上、組手は本気でやらせてもらうぞ。生半可な覚悟じゃ、訓練にもならねぇ。オレが本気でやるのと同時に、お前にはオレを殺す気でやってもらうぞ」

 「こ、殺す気って……いくらなんでも大袈裟じゃ」

 「たかが組手だと舐めるな。木刀だと思って甘く見てるのか?」


 そう問い掛けられた瞬間、杏嘉の背中に寒気が走った。全身を覆い尽くす程の悪寒が、心臓を鷲掴むように襲ってくる。目の前に立つ彼の姿は大きく、とても強大に見えていた。

 勝てる気がしない。そう一目で判断した事を杏嘉は忘れる事は無いだろう。そして、その感覚が現在の自分と重なった。その事で杏嘉は、振り下ろされた豹禍の腕を掴み取った。

 走馬灯が見えていた杏嘉は腕を掴み、目を見開いて豹禍の事を真っ直ぐに射止めた。


 「――捕まえた」

 「っ!?」


 ギロッと睨まれた瞬間、豹禍は表情に動揺を見せる。格下であると感じていた杏嘉に対し、豹禍は内心で負ける事が無いだろうと考えていたのだろう。だがしかし、その杏嘉の殺気に中てられた途端に錯覚したのだ。

 

 ……自分が今、命を取られる側だという事を。


 「くっ、離せ!」

 「このままなら、避ける事も出来ねぇだろ」

 「っ!」

 「一族の仇であるテメェには、アタイの手でぶん殴らなきゃ気が済まねぇんだよ」


 グッと強く拳を作った杏嘉は、片足で思い切り地面を踏み込んだ。掴んだ腕を離さぬようにしながら、力一杯突き出す為に溜め込む。必死に拘束を振り解こうとする豹禍は、奥歯を噛み締めながら表情を歪ませていた。

 やがて踏み込みと溜め込みが終わった杏嘉は、深呼吸をしてから息を止めて目を大きく見開いて言った。


 「――覚悟は良いか、豹禍。歯ぁ食い縛れっ!!」

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