第66話

 「――歯ぁ食い縛れっ!」


 杏嘉は力一杯に拳を突き出し、豹禍の顔面をぶん殴った。直撃したと同時に手を離し豹禍の拘束を解いた瞬間、衝撃音と共に町にある建物を貫いて飛ばされる。

 瓦礫の山が出来上がる中で、杏嘉は溜め込んだ息を吐いて突き出した拳を戻す。砂埃を舞い上がらせ、積み重なった瓦礫を睨み付ける。


 「はぁ、はぁ……」


 突き出していた拳は獣の手のようになっていたが、徐々に人間と同様の手に戻っていく。妖怪と幽楽町に暮らす者達にバレていても、やはり世間の目という物には注意をする必要がある。

 その為、普段から人間として生活するようにしていたのだ。やがて普通の人間と変わらぬ姿に戻った杏嘉は、小さく息を吐いてその場を離れようとした。だが……その瞬間だった。


 ガラガラ、ガララララ……。


 「っ……チッ」

 

 積み重なった瓦礫の一部が動き始め、その中から溜息混じりに起き上がる人影を見た。舞い上がる砂埃の中にシルエットが浮かび、杏嘉はそのシルエットを見て舌打ちをした。

 

 「あぁ、今のは効いたぜぇ?ぺっ……口の中を少し切っちまったじゃねぇか。おかげで血の味しかしねぇ」

 「普通の人間なら、首が飛んでも可笑しくねぇ威力のつもりだったんだけどな。タフな奴だな」

 「この程度で首が飛んじまう程、俺の首は安くねぇ。獣人族ってのは頑丈なのが売りだしなぁ、そうだろ?」


 首の骨をボキボキと鳴らしつつ、豹禍は寝起きに固まった体を解していく。やがて満足したのか、自分の事を見据える杏嘉に視線を向けて言葉を続けた。


 「――まぁ、今のが本気なら首が一回転しても可笑しくねぇなぁ。だが、実際はこの程度って事だ。喰らった俺がその証拠だ」

 「あの程度がアタイの本気?冗談だろ。今ので死ぬようなら、期待外れも良いとこだろうよ。アタイより強く無ぇと……仇討あだうちのやる気が出ねぇだろ」


 そう告げた杏嘉の足元に陣が展開されたのを見据え、豹禍も同じく陣を展開して空気の流れが二人に集まる。黄色のオーラと紫色のオーラが衝突し、二人の妖力が上昇している事を周囲の者達が感じ取った。

 その気配を感じた内、彼女は倒れた餓鬼の上に着地しながら視線を動かす。そのまま餓鬼から視線を逸らした事で、隙を突くように餓鬼は倒れたまま腕を伸ばした。


 『グオッ!?』

 「この気配……あぁ、懐かしい気配だな。少し、様子を見に行ってみるか」


 足元の餓鬼が消滅したのを見届け、彼女――元黒騎士である狂鬼はそう言った。

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